ハートネットTV 平成が残した”宿題” 第7回「障害者の地域生活」

障害者が地域で暮らすことについての番組だった。取り扱っていたのは知的障害者だが、精神障害者にも応用できる話があると思ったので、感想を書いてみたい。

最初に、グループホームの話が出てきた。昔は、いわゆる入所施設で管理されながら暮らしていた障害者が、平成元年に知的障害者が地域で暮らせるようなグループホームの法律を作ったそうだ。今32年だから、この制度は約30年の歴史があることになる。

次に、実際のグループホームの話。知的障害者を対象としたグループホームだ。食事なども障害者自身が協力して作っているようだった。見た感じは、軽い知的障害なのかな?
でも、自分としては、こういうグループホームはちょっと嫌だな、と思った。少人数でも共同生活というのがキツい。こんなの、自由な暮らしじゃない。食事が自由に選べないのは苦痛だ。

そこでふと昔の話が出てきた。
実は私のうちの近所(というか中学の先輩)に、脳性まひで軽い知的障害がある人がいる。高校に進学した、という話を聞かなかったので、どうしたんだろうと思っていたら、養護学校へ進学し、卒後はすぐ山奥の入所施設に入ったそうだ。作業所も併設されているような所で、敷地から一歩も出ずに生活が終わる。
多分、昔はこういう障害者がほとんどだったと思う。だから、そこから比べたら、グループホームは天国のような自由さがあるのだろう。

昭和から平成初期の頃のグループホームの話になった。私が利用している福祉法人が運営しているグループホームが、定員6名なんだけど、それってどこから来た数字なのかと思っていたら、「一般的な家庭の人数」だそうで、いやいや、そんな多くない、と思ったけど、うちにも一家6名の時代があったことがあり、あながち間違ってはいないかな、と思った。
ただ、一家6名の頃はかなり生活が厳しかった。弟も食べ盛りの頃だったし、単純に食費がめちゃくちゃかかる。お風呂も順番と時間を気にしないと深夜に回され、ドロドロになった湯船に入るしか無い。ってういか、そういう時は湯船にはもう入らなかったけど。朝はトイレの争奪戦だし、とにかく大変だった。
これが、まだ血縁関係がある人同士だから、なんとなく喧嘩にもならずに(母と姑である祖母は喧嘩していたが)うまく回っていたけど、赤の他人同士が6名で暮らすのは、ちょっと無理があるんじゃないかなぁと思った。

グループホーム設置のハンドブックが作成されたという話では、原則として一般住宅地内に設置し、グループホーム同士がかたまるようなことが無いように、普通の生活を目指す、という基準が設けられたそうだ。
しかし現実はその通りにはならなかった。まず、グループホームに入るには、収入のある人、働いている人、障害の程度が軽い人、などが条件だった。当たり前と言えば当たり前なんだけど、自立自律して生活するには、こういう条件が付いても仕方が無いと思う。

そんななか、意欲的な取り組みをする法人が現れた。重い自閉症で言葉でのコミュニケーションが難しい障害者も受け入れるグループホームが出来た。ただ、支援するほうはとても大変そうだった。福祉職の人にしてみれば、大したこと無いのかな……。
こんな良心的な法人でも、前述のハンドブックで規定された設置条件は満たせなかった。まず立地を見たが、民家から程遠く、荒れ地の中にぽつんと建っているような状態。建設の段階で地域住民に受け入れられず、そうならざるを得なかったようだ。
その点、私の利用している福祉法人のグループホームは、本当に住宅地のど真ん中にある。あまりにもど真ん中過ぎて、これがグループホームだと言われなければ気が付かない。本来なら、こういうことが望ましいのだろうな……。

倉敷の法人が、大型のグループホームを作ったというが、それって昔の入所施設とどう違うの?と思ってしまった。だって、仕事場も、同じ法人が設置してて、街中から離れていることもあり、休日は外出することも無いって。これじゃあ昭和に逆戻りでしょう……。ちょっと酷いな。
理事長のオッサンは満面の笑みでテレビに出ていたけど、そんなに自慢できるようなことではないよ? 確かに、受け入れる人手や施設数の問題はある。前述のハンドブックは理想論だと私も思う。でも、形を変えた昭和の入所施設になることだけは、避けるべきじゃないのか?

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