福祉サービスの相談支援員から電話があった

夕方、風呂に入ろうかなーと思って支度をしていたら、自宅の電話が鳴った。母が取って2階に上がってくるので、私宛の電話だと分かり、「珍しいな、誰だろう?」と思った。私宛なら携帯にかけてくる人のほうが多いので。
出てみると、福祉サービスの相談支援員からの電話だった。まぁざっくり言うと、作業所を利用する時に行うモニタリングや相談などを引き受けてくれる人のことだ。で、私の場合、辞めた支援センターの職員がその相談支援員も兼ねているので、自宅の家電のナンバーディスプレイが「支援センター」と出たらしく、それで母は安心して出たようだった。

相談支援員から「あれからどうなりました?」的なことを聞かれた。うーん。最後に話したのはいつだったかなー、と思うくらい、全然連絡を取っていなかったので、何があれからなのかすら分からなくなってたけど、とりあえず今月末に新しい作業所へ行くことになった、と伝えると、やはりその話はしていなかったようで、「そうですか。決まったなら良かったです」みたいな感じだった。
で、まぁその月末に行く話が決まった段階で、一度相談支援員に連絡を入れたほうがいいのかな?と思ったんだけど、モニタリングをするとしたら、まずは1回でも新しい作業所へ行ってみないと何も分からないし、だったら来月でもいいか、と考えて、敢えて連絡しなかった。しかし、それはまずかったみたい……。だいぶ心配させてしまったようだった。

「体調はどうですか?」等聞かれたので、出張ペーパー教習のストレスでちょっと怪しい時があったのと、先月、アデノウイルス感染で盛大に体調を崩したことを話した。またもや心配された。まぁ親も同居していて独り暮らしではないので、何かあっても孤独死することは今は無いけど、将来的にはこういう福祉関係者に入ってもらって、孤独死にならないようにしていかないといけないのかなー、なんてことを考えたりした。

支援センターを辞めたので、相談支援員に支援センター時代にしていた相談をしづらいというか、してはいけないのかな、と思っている旨を伝えたら、「そんなことないですよ。大丈夫ですよ。私が担当している方で支援センターに登録していない方でも、生活相談をされる方いらっしゃいますよ」と言われたので、「そういうものなのか?」と思ってしまった。ずっと遠慮していたのがバカみたいだ。
それで、実は新しい作業所に行く気が徐々に失われつつある、と本音を語ってしまった。やはり日給150円はつらすぎる。

だから、何年も通うつもりはまったく無くて、半年から1年くらいのつもり、他に良いところが見つかればすぐにそっちに移るつもりでいることを話した。また、クラウドソーシングで仕事が出来ないかどうかも模索している、という話をしたのだが、相談支援員はIT系には疎いみたいで、そこは反応が薄かった。

とにかく今月末に新しい作業所へ行って、今後のことを話し合ったあとで、また改めて電話をします、と言って、電話を切った。
久々に気心の知れた第三者と話して、ものすごく気分がスッキリした。と同時に、めちゃくちゃな勢いでしゃべり倒している自分に時々気が付いて、自分で自分にドン引きしてしまった。喋り過ぎだろ……。ちょっと躁転してるぞ……。

B型作業所の通所交通費について

4・5・6月のぶんの、市が負担してくれている作業所の通所交通費助成金について、先日書面が来たんだけど、そこに「通所施設に通所しなくなったり、通所方法が変わったりしたら、変更届が必要です」と書いてあって、これは私はどうしたらいいんだろう?と思って、保健福祉センターの担当部署に電話をしてみた。

すると、変更した事業所が発行する申請書さえきちんとしていれば、特に利用者側から届け出をしなくても良いらしい。え、じゃあこの「変更届が必要です」って、いつ必要になるんだよという……。
細かいことは良く分からないけど、とりあえず私のほうから何か書類を書く必要は無いみたいなので、このまま新しい作業所(3)に行ってみようと思う。

新しい作業所(3)で8月下旬から働くことになった

15時過ぎ、ふと思い出して新しい作業所(3)に電話をかけた。
8月下旬から働き始めるとして、その予定を7月中旬には決めましょう、と話し合っていたと思うんだが、私の猛烈なアデノウイルスにより、7月中旬に電話をかけることができなくて、音信不通になっていたのだ。

その前に。私はもう週5日働くことは放棄しているというか、自衛(調子を崩す等)のために働きたくないので、そこだけは強調していこうと思った。
責任者の方に代わっていただいて、まず「これだけは守ってほしいんですが、絶対に『週5日来て』とか言わないでください。言われると、プレッシャーでそれだけで働けなくなるから」と言った。すると、責任者も「うちもいろいろな方がいらっしゃるから、それは大丈夫ですよ」と言ったんだけど、今までもそう言いながら「できれば週5日~」と言われていたから、本当かなぁという思いがある。
まぁもし言われたら、その場で「もう辞めます!」と言って帰ってやれ、と思っているから、大丈夫。それくらいしないと、自分を守れない。

さて。初出勤は勤怠を管理している職員がいるので、その方に代わってもらった。「8月下旬で金曜日となると、30日ですかね」と言われたので、23日からでも良かったんだけど、まだまだ暑いだろうし、無理はしたくなかったから、30日にしてもらった。
「ハンコを持ってきてもらいたい」と言われたので、「受給者証は必要ですか?」と聞いたら、「持っていたら持ってきてほしい」と言われた。なので、「持って行きます」と言っておいた。

なんか、あっさり決まっちゃって、拍子抜けしている。
とりあえず、作業所を辞めて思ったことは、社会との接点がどこにも無いと精神衛生上、良くないということ。私の場合は、支援センターも辞めちゃったからな。
実際に働き始めるまで、まだ1か月もあるけど、その間に出張ペーパー教習もあるし、働き始めたらそういうまとまった用事は入れづらくなるだろうから、今のうちに片付けておきたい。

にしても、この「新しい作業所(3)」という表記はいつまで続ければいいのだろうか? まぁこれからは「作業所」でいいか。

新しい作業所(3)の登録を止めたくなってきた

タイトル通りなんだけど、冷静に考えていたら、新しい作業所(3)の登録を止めたくなってきた。
今日、電話をした時に、責任者が何度も「週5日、出られると良いんですけどね」「週5日、出てこれませんかね」と、週5勤務をねだってきた。「1日短時間でもいいから、毎日来るほうがいいですよ」とも言われた。

それは分かっている。1日1時間でも2時間でもいいから、毎日通うほうが社会復帰へのリハビリになるし、もし仮にA型作業所へ行くのでも、B型で毎日通所できていることが条件だったと思う。
でもなぁ。それが出来てたら、私、速攻で障害者雇用に行ってるんだよ。A型だのB型だのの作業所には居ないんだよ。仮に居たとしても、何年も居座らない。半年くらいでサクッと次決めていくと思う。

だいたい、週2日勤務で約5000円の赤字になる作業所に、週5日通ったら12500円の赤字だよね? さすがにそれはお財布が許さないよ。厚生年金でももらってるんならともかく、こっちは約65000円の国民年金なんだから、そこから12500円引いたらどういうことになるのか、分かるよね?
なんかなぁ。戦力として買ってもらえてるのは凄く分かるんだけど、なんとなく、新しい作業所(3)の運営方針として、利用者の工賃を上げることより、利用者を増やしてどんどん通所させて、上から補助金をもらいたい、って感じがするんだよね。

先日辞めた作業所では、体験利用が1か月と決まっていて、週1日しか出られなかった私は、2か月やった。新しい作業所(2)も確か体験があって、1か月だったと思う。
ところが、新しい作業所(3)は体験利用の期限が決まっていなくて、1回で利用を決める人がたくさんいるようだ。それで、しばらく働いてみて「合わないから辞める」という人も、また多いらしい。そりゃそうだろう、体験1回で分かることなんか、ほとんど無いんだから。
作業所にとって、体験利用の間は仕事はやってもらえるけど補助金は下りないので、とっとと登録させて補助金をもらいたい、ってのが本音なんじゃないの?
なーんて黒いことを考えてしまう。

とにかく今の私には、週5勤務は絶対に無理だし、今後も出来るようになるとは思えない。私は、短時間でも毎日働くより、長時間を数日働く方が性に合っている。ぶっちゃけ、週1日勤務で昼11時~夜11時でも構わない。
まぁ私の希望のような働き方が許されるのは、フリーランスくらいしか無いけどね。

新しい作業所(3)に電話連絡をした

作業所(1)を辞めたので、次は新しい作業所(3)だ、と思って、昨日電話をかけるつもりだったんだけど、すっかり忘れていて、今日かけることにした。

最初に電話した時は、責任者が面談中だったので、あとでかけ直してほしい、と言われた。
昼過ぎにかけ直すと、責任者の手が空いてらしたみたいで、話をすることが出来た。

私は、「7月下旬に手続きをして、8月上旬からでも利用したい」と伝えたんだけど、責任者が「こちらとしてはウェルカムなんだけど、まずは落ち着いて」と言ってきた。そして、私のような障害者をよく見ているだけあって、貴重で親身な話をしてくれた。
今7月が始まったばかりで、7月下旬というと、まだまだ結構な日にちがある。その間に、私に別の用事が入るかもしれないし、もっとリアルな話をすれば、体調が悪くなって出てこれなくなる可能性もある。だから、2週間前とか、1週間前とか、もっと直前に決めたほうがいいのではないか?という話だった。

私としては、今から下旬のことを決めてしまっても全然構わない、と思っていたんだが、よくよく考えたら、辞めた作業所では、前月下旬には翌月の出勤予定を全部決めて提出しなくてはならなかった。これが曲者で、「決めたからには、無理してでも行かないと」と思って緊張したり、またそれがプレッシャーになって精神状態を悪くし、行けなくなったりしていた。
最終的には、「来たい時、来れそうな時に来たらいいよ」に変わって、出勤表の意味が無い状態になっていたわけだが、多分あれは私のような人間には向いていないシステムだったんだと思う。

そういう私の特性をあの短期間で見抜いたのか、新しい作業所(3)の責任者は、「もっと直前に決めてもいいのでは?」と提案してきた。
「色んな人がいると思うので、最終的な判断はerikoさんにお任せしますが、ここに来る人は、体調が急に良くなったり悪くなったり、先が読めないことが多いから、直前に決めたいって人が多いんですよ。erikoさんが、もっと早くに決めたほうが体調を整えやすい、ということでしたら、いますぐ決めていただいてもいいですけど、そうでないなら、もう少し体調と相談されてからのほうが良いのかな?と思います」的な話を丁寧にしていただいて、なるほどそうだなぁ、と納得した。

というのも、7月は出張ペーパー教習を入れているので、それが終わった後、ガクッと鬱が来るんじゃないかと、今から少し心配しているところなんだよね……。だから、それが終わってからでもいいかなーと。
とかく焦りがちな私に、ブレーキをかけてくれる人というのは、そうそう居ないので、もしかしたらこの新しい作業所(3)の責任者はやり手なのかもしれない。

就労継続支援B型事業所(B型作業所)を辞めてきた

うちのブログでも、以前からとてもアクセスがある「作業所を休んだ もう辞めたい」という記事。世の中、そんなに作業所を辞めたがっている人がいるんだなぁと思うのと同時に、そんなに辞めることが難しいのだろうか?とも思っていた。
なので、今回は、就労継続支援B型事業所(B型作業所)を辞めてきた話を書きたい。

私の場合、辞めた後に通う予定のB型作業所(このブログの中では「新しい作業所(3)」)を決めてから辞めたが、決めなくて辞めても問題無いようだった。
辞めるためには、やはりというか、書類にサインが必要だった。「退所届」だったかな? そんなような名前の紙一枚の用紙に、名前と住所、それから辞める理由を書かされた。

辞める理由は、「一身上の都合により」でも良いし、「他事業所へ移行するため」みたいな感じでもいい、と言われた。
私の場合、まだ新しい作業所(3)の手続きが進んでいないうえに、「もしかしたら私の入る枠が無くなるかも」と言われているので、「移行」ではなく、「一身上」のほうを書いた。

冊子になっている「障害福祉サービス受給者証」には、辞める作業所で「サービス提供終了日」等の記入をしてもらわなければいけないようだ。担当職員に受給者証を渡して、該当する記入欄に記入をしてもらった。
多分、この記載が無いまま次の作業所へ行くことは、出来ないかもしれない。新しい作業所(3)の責任者は「2か所かけもちできる」と言っていたけど、辞めた作業所の担当職員は「かけもちは出来ない」と言っていた。どっちが本当か分からないので、何とも言えないけど、事業所を辞めた後、別の事業所に通う予定があるなら、受給者証の記入をしてもらったほうが良いと思う。

手続きの面談をしてくれた担当職員には、約4年、本当にお世話になった。私が約6年、引きこもりをしていて、そこからメンクリに通うようになって、支援センターの軽いスポーツプログラムに出るようになって、そこまで回復するのに3~4年くらいかかってた。
今の作業所に入った時も、週1日、1時間だか2時間だかしか働けなくて、こんなことで本当に働けるようになるのか?って、ずっと疑心暗鬼だった。
担当職員には本当に良くしてもらって、時には厳しいことも言われたけど、最終的には3時間とか働けるようになって、今は本当に感謝しか無い。

そんなことを思い出しながら話していたら、涙が止まらなくなっていた。ってこれ書いてる今も、思い出し泣きしてるんだけどね……。
面談に同席していた支援センターの担当職員も、「頑張ってましたもんね」と声をかけてくれて、こんな泣くつもりなかったのに、年取って涙もろくなったのかな、と思った。

気になっていたお土産のお菓子は、急に話が決まったこともあり、「無くてもいいよ、無い人も結構いるよ」と言われたので、お言葉に甘えてご遠慮させていただくことにした。

というわけで、私はB型作業所を簡単に辞めることができました。ただ、引き留め工作が激しいところも、もしかしたらあるかもしれない。

辞める作業所への手土産を買う余裕が無かった

29日に、今の作業所へ行って、利用停止手続きをする予定になっている。その時に、今まで辞めていった人たちがしてきたのと同様に、手土産を持って行こうと思っていたのだが、ちょっと間に合わなかった。

手続きをするために作業所へ行くことが決まったのが、25日。翌日の26日はメンクリの診察があったので、行けなかった。じゃあ今日、27日に行こう、と思っていた。
ところが、今朝起きたら、全身が重だるい。背中に軽めの鉄板が入っているような感じで、昨年の秋~春あたりの鬱状態ほどではないにしても、ちょっとダメージがあるような感じ。単純にメンクリへ行った疲れなのかもしれないが、そんな長時間歩いたわけでも無いのに、これはキツイ。

まぁ地元の駅ビルでスイーツを売っているから、そこで買えばいいや、とあまり調べずに考えていたのだけど、午前中に調べたら、焼き菓子が無くて、ケーキやフルーツなど、日持ちのしないスイーツばかりだった……。さすが地方都市。
今残っている利用者の皆さんに食べてもらうためのお菓子なので、生菓子は絶対に無理だ。季節的にチョコレートも溶けるのでダメ。というわけで、焼き菓子しか選択肢が無かったんだけど、それが無いようではどうしようもない。

そんな状態だから、電車に乗って繁華街へ行くことなど、とても無理だ。
かといって、辞めた後で宅配便で送りつけるのも、どうかと思うよねぇ……。どうしたらいいんだろう?

今の作業所に辞める報告をした

今の作業所に、辞めたい旨の電話を入れた。
どうしても私の担当職員と話したかったので、担当職員が出勤していて、事務所にいる時間帯にしようと思っていた。しかし、朝気が付いたら10時を過ぎていて、多分別の施設へ行っていて連絡が付かないだろうから、夕方に電話することにした。

電話をすると、運良く担当職員が出て、「新しい作業所(3)はどうなった~?」と聞いてきた。素直に話して、「やっぱり以前から言っていたPCを使う仕事だし、やってみたい」「とりあえずやってみて、やっぱり合わないとか、時給というか日給の関係で耐えられない、ということになったら、今の作業所に戻る、っていう形にしていただいても良いですか?」みたいなことを話した。
特に「ダメだったら今の作業所に戻る」については、とても厚かましいし、ズルい方法だと思うんだけど、こちらも背水の陣で臨むのはリスクが高すぎるし、出来ればそうさせていただけないかなぁ、という感じで言ってみた。

すると、担当職員が「もちろん大丈夫ですよ。なにも問題ありませんよ」と言うので、ホッとした。まぁそうならないことが一番なんだけどね。
私としては、そして新しい作業所(3)としても、新しい作業所(3)をステップに、更に次の段階へ進められればいいな、というのが、一致している見解で、とりあえず1年でも2年でもやってみて、それでも成果が出なければ、また考え直す、という感じ。

ただ、新しい作業所(3)を利用するなら、今の作業所を一旦辞めなければならないので、その書類を作ることになった。
郵送でも良いみたいだったが、何年もお世話になって、顔も合わせず郵送で済ませるなんて、そんな失礼なことは出来ないので、会える日時を聞いた。私は、担当職員の出勤日から7月を想定していたんだけど、月末の都合で29日に出勤する、という。私にとっても、とても都合がいいから、29日にしてもらった。

あ、大事な事を聞き忘れた。退職時のお菓子、持っていくべきかな? 利用歴の短い人でも差し入れしていく人もいるから、私なんか差し入れしなかったら、どんだけ非常識なのかと思われちゃうよね……。常識的に考えても、持って行ったほうが良いよな。でも、あと4日しか無い……。地元の駅ビルで買うしか無い……。本当は百貨店で買いたかったんだけど……。急に話が決まったから、用意する時間が無かったよ。

新しい作業所(3)に利用申し込みをした

昨日の昼過ぎ、新しい作業所(3)の代表者に「利用登録をしたい」旨のメールを送った。忙しい人なので、昨日中の返信は無いだろうと思っていたのだが、今日になっても返信が無いので、「あぁこれはまた見てないパターンだ」と思って、今日の昼過ぎ、電話をかけた。
すると、不在なので折り返し電話をすると言われた。私は夕方風呂に入るので、そのあとにしてくださいと頼んだ。

夕方になると電話がかかってきた。「メール読んでいただけましたか?」と聞くと「ごめんなさい~」と言われて、あぁやっぱりか、と。いや悪い意味ではない。今日も出張で飛び回っていたみたいなので、本当に忙しくて見る暇が無いのだと思う。
ただ、こちらも黙っているわけにはいかないので、用件は伝えないと。

というわけで、単刀直入に「そちらの作業所を利用させてください」と申し出た。先方はとても喜んでくれた。私が、今の作業所で人間関係に悩んでいることなどもご存知だし、仕事内容もこちらのほうが気に入っていることもご存知なので、そういう点から利用したいと思った、と言うと、「分かりますよ!」と賛同してくれた。

あとは、いつから利用を始めるか?という話だが、正直に7月はペーパー教習を受けたいので休ませてほしい、8月にモニタリングがあるので、8月は書類の手続きなどをして、実際に始めるのは9月以降になりそう、というところまで話が進んだ。
そこで、代表者が怖いことを言い出した。要は今、新しい作業所(3)に利用希望者が何人もいて、私が利用登録をして実際に利用を開始するときに、働ける曜日や時間が私の希望に合わない可能性がある、というものだ。うーむ。そこまでは想定していなかった。
しかし、私が気に入るくらいだから、他にも気に入る人がたくさんいるだろうことは想像に難くない。まぁ逆に、こういう仕事・雰囲気が合わず、辞めていく人もいる、という話ではあったが。

まぁともかく、今は水曜日がダメだと言ってあるが、もし水曜日しか空いてないと言われたら、メンクリの診察曜日は変えてもらえばいいし、絵画教室もたしか他の曜日があったと思うので、最悪そうするしか無いな……。それ以上の譲歩は、ちょっと無理だわ。赤字な所だから。
先方も、いつどうなるか分からない、私たちも9月になってみないと分からない所があるので、今すぐどうこうとハッキリ言えないのは申し訳ないですが、という感じだった。正直に言ってもらえるだけでも、良いところなんだな、と思った。
ホント、無事に登録できると良いけど。

母からまた詮索された

母から、またプライベートの詮索をされた。新しい作業所(3)についてだ。
「結局、新しい作業所(3)はどうなったの?」から始まり、根掘り葉掘り聞いてきた。内心「うざ」と思いつつも、長年の調教により、条件反射で答えてしまう私。ほんと、自分自身に嫌気がさす。「そんなことお母さんに関係ないよね?」の一言が、なぜ言えないのか? みんな、親に仕事のことやその他プライベートなこと、全部話しているのかな?

なんでこんなに知りたがるのかな? 謎でしょうがない。だいたい、仕事内容を母に話したところで、母には詳細が分からないよね。母は独身時代も含め、スーパーのレジ打ちしか仕事の経験が無いのだから。事務仕事は分からない。
なのに、「どういう仕事なの?」「データ入力って、具体的にどういうデータを入力してるの?」って……。個人情報保護法や守秘義務ってもんがあって、そう軽々に話せるもんじゃないんだよ、と言っても、「親にくらい、いいじゃない」といった認識。

まぁ赤字になることは「大丈夫なの?」とは言っていた。それは誰でも気になるよな。でも、実は今の作業所も赤字になっている、と言うと、かなり驚いているようだった。
昼食代を500円と見積もっているので、それが結構多いと言えば多い。母には「もっと安いやつにすれば?」と言われた。いや、安かったら量も少ないんだから、途中でお腹空いて、帰りにコンビニやら無印良品やらスーパーやらに寄ってお菓子買っちゃうじゃん。夕食まで持たすためには、それなりの量も確保しないといけないじゃん。
以前のようにお弁当持参なら、かなり安くあがるんだけど、今母は腰が悪くてお弁当を作れないし、私は私で、朝早く起きるのが難しくて作れない。慣れたら出来るようになるのかな。

そのあと、家族会のことについて聞かれた。私が支援センターを辞めたら、母も家族会に居られなくなるのか?という話。「それはちょっと私には分からない」と答えた。実際分からないし。
っていうか、母は去年の10月から、腰が痛くて出席していないのに、今更家族会の心配をしても、意味が無いと思う。本人にも治す意思があるのかどうかすら分からないし、治る病気?なのかどうかも分からない。
古希の祝いをしようって話も、「永久キャンセルする」って申し出が無いから、宙ぶらりんになっている。状態からして、多分もう一生無理だと思うけど、そこらへんも言わないから、何考えてるのか分からない。
自分のことは何も言わないのに、私のことだけ知りたがるの、やっぱり気持ち悪くない? 監視・管理・支配しようとしている感じだよね。もう厄介者だから死ねばいいのに。