ETV特集「親亡きあと 我が子は…~知的・精神障害者 家族の願い~」

この番組は「親亡きあと」障害者はどうしたらいいのか?という問題提起をしているんだけど、これは本当に難しい。私自身も未だに答えが出ていない。

番組では、まずグループホームの話が出ていた。私が辞めた作業所を運営している福祉法人でも、グルホを運営している。なので、少し興味を持って見ていたが、私の地元のグルホは一軒家を改造してグルホに作り替えているので、建物が古いうえに、和室と洋室が混在したり、部屋の広さが違ったりして、あまり入りたくない感じ……。番組のグルホは、建物も新しいし、個室もしっかりしてそうだし、こういうのだったら入っても良いかな、と思ったり。
でもやっぱり、プライバシーが無いように思えるんだよね。今は、自室のドアを開けたら家族がいるだけだけど、グルホは赤の他人がいる。それも常に。ストレスでしょうよ。確かに独り暮らしは寂しい面もあるけど、他人の存在に神経を使う息苦しさに比べたら、寂しいほうがマシかな。

それと、精神障害(だけに限らないのかもしれないけど)のグルホは、建てる時に地域の反対が凄い、と聞いた。まぁ分からんでもない。辞めた作業所も、建てる時に反対運動をされて、家族会が地域の家1軒1軒にチラシを配って歩いた、と聞いた。
そう、グルホって、そこに住んでいるという段階で既に「私は障害者です」とカミングアウトしているようなもんなんだよね。だから嫌だ……。

私は、今住んでいる地域に死ぬまで住みたい、とはまったく思っていない。むしろ出ていきたい。引っ越したい。でも、主治医に止められているし、お金の問題もあって、なかなか踏み切れない。貯金はいくらかあるけど、収入が実質障害年金しか無いのだから、そのうち貯金も底を尽く。そんな状態で独り暮らしなんか出来るわけがない。
これが障害者雇用でも働いていたなら、なんとかなりそうだけど、その道はほとんど不可能なことがもう薄々自分でも分かってきているので、多分、私はこのまま今の家で死ぬんだろうなぁと、ぼんやり思っている。

中盤、重い精神障害のある娘を絞め殺した父親が出てきた。なんか、考えさせられるね。
私は以前にも書いたと思うけど、重度障害者は淘汰されるのが自然の摂理だという優生思想的な考えをあまり否定していないんだけど、現実にこういう人が現れると、ちょっと引いてしまう……。でも、父親は断腸の思いで娘に手をかけたんだと思うと、ねぇ。病者の暴行が酷くなったり、暴れたりするのが酷くなったりすると、やるかやられるかの状態になって、親も自分の命が惜しいし、病者に殺されるくらいなら……と思っても不思議ではないと思う。
また、親が亡くなった後、病者が地域でどういう生活を送るようになるのか、不安にもなるだろう。そうすると、いっそのこと……と思う親の気持ちも分からなくはない。

終盤、「ACT(包括型地域生活支援)」という制度が紹介されていた。こういうの、いいなと思った。でも、こういったサービスを提供できる医療機関は限られているのではないかと思った。少なくとも、私が通っているクリニックでは提供できそうにないし、支援センターでヘルパーを頼んだ時でさえ、断られている現状を見ると、精神障害者は身体や知的よりも一段低く見られているのかな、と思う。
とか言っていたら、全国にACTはたった20チームしか無いそうで、そりゃうちのメンクリには無いわけだよと思った。この制度、やたらと人手が要るし、標準医療として広げるのはちょっと難しいんじゃないか?

まぁそんな感じで番組を見たんだが、やっぱりまだ私には答えが出せないでいる。未だに「親が死んだらどうしよう」と思う。

自立支援医療の更新

本日2つ目の用事、自立支援医療の更新に行ってきた。

これは毎年やっているし、特に問題無いだろうと思っていた。メンクリで、更新のためのマニュアルをもらうので、その通りに書類を揃えて行った。同一世帯(私の場合は母)全員の健康保険証のコピー、更新の場合は受給者証(2年に1度は要診断書)。これだけしか書いていなかった。
なので、これだけ持って、銀行の帰りに役所に寄ってもらった。

役所へ行って、スタッフに「自立支援医療の更新なんですが」と声をかけて、対応してもらった。
保険証のコピーと受給者証を出して、申込書を渡されたので、それを書いて。すると、「障害年金は受給してますか?」と聞かれたので、「はい」と答えると、「毎月いくらいただいてるか分かりますか?」と聞く。13万くらいだったと思ったけど、どうだったかなーと思って、まぁ適当に「13万くらいだったと思います」と答えて、ハッと気が付いた。「あ! 銀行の通帳、今日持ってます!」
というわけで、通帳を開くと、ぎりぎり昨年(平成30年度)の振り込みが1回だけ記帳されていたので、そのコピーを取られた。それ以外にも収入があるので、結果的には所得証明みたいなものを取り寄せられた。

で、まぁ結局昨年と同じく、上限5000円負担だった。もう少しどうにかならないかな。上限5000円って毎月ギリギリすぎで超えないんだよ。

ゆうちょから電話がかかってきた

障害者なら誰もがやっていると思うマル優。ゆうちょなら「ニュー福祉定期」。もちろん私も、限度額いっぱいまでニュー福祉定期にぶっこんでいた。
その満期が、たしか去年の秋で、……と言った時点で引かれそうだが、そうなのです。もう1年近くも預け替えずに放置しているのだ。
ちょうど満期の頃、自動車教習所のペーパードライバー教習に行き始め、終わった途端激うつになって何もできなくなり、ということで、ずるずると今日まで来てしまった。
最初は「まずいなー、いつ行こうかなー」と思っていたが、最近はそのことすら忘れかけていた。

しかし、今日。遂にゆうちょのほうから電話がかかってきた。「ニュー福祉定期が満期になってしばらく経ちますが、お忘れでは無いですか?」みたいな。
なので、体調が凄く悪くて郵便局まで行けなかったことを伝えて、「忘れているわけではないことだけでも、お伝えしたいです」と答えて、電話を切った。電話をくれた局員が終始、淡々と感情も抑揚も無い声で話されていたのだが、なんだか恐ろしかった。まぁ営業のように元気よくこられても嫌なんだけど。

というわけなので、来月中には郵便局へ行けるように、日程調整などをやりたいなぁと思った。
と同時に、ほら、最低限で余裕のある予定を組んでいても、こういったイレギュラーな予定が入って、結局スケジュールがキツキツになるんだよな、とも思った。はぁ。

京都アニメーション放火事件について

京都アニメーション放火事件について。重度障害者が多数殺害された座間事件は、あらかた情報が揃ったあとで記事を書いたと思うけど、今回は容疑者が死亡してしまいそうなので、この段階で記事を書くことにした。

私も賛助会員になっているコンボが、『京都アニメーション放火事件の報道のあり方について コンボの見解』というページを作成し、『京都アニメーション放火事件の報道について』という見解を出している。

これを読んで思ったこと、以前から思っていたことを総合すると、私個人としては、精神障害があっても、犯罪を犯したら特別扱いをせず、健常者と同じように平等に刑を科するべきだ、と考えた。
精神障害者が犯罪、特に重大な罪を犯して捕まった場合、某巨大掲示板等にも見られるように、いわゆる「きちがい無罪」などの単語が横行する。また、弁護士が「責任能力が無い」といって無罪に持って行こうとすることに、世間は違和感を持ち、反発する。また、それが精神障害者に対する偏見や差別意識を助長する。
精神障害の当事者である私ですら、無罪にしようとする弁護士には反感を覚える。だって、やったことは犯罪じゃないか、と。

そういうと「お前は精神障害者だけど犯罪を犯したことが無いから、そんな精神障害者に厳しいことを言えるんだ」という人もいるかもしれない。
私は20代の急性期に、妄想・幻聴に支配されて、父親を野球の木製バットで殴りつけた。大きな怪我こそなかったものの、普通に考えてそれは傷害罪だし、父が警察へ通報していれば、傷害罪として逮捕されていただろう。
そこで思うのは、もしあの時逮捕されて、実刑が下されたとしても、文句は言えないな、ということだ。

ただ、刑の内容は精神障害者に合わせてほしいと願う。まずは入院による精神病の治療を必須化すること。その期間は、刑期内に治療が完了しなかった場合、適宜延長すること。刑期と入院治療が終わり、一般社会へ出た後も、精神科の治療を継続しているかどうか、把握すること。出来れば、福祉サービスに繋げて、社会から孤立しないようにサポートすること。
こういった配慮が無いと、再犯の恐れは払拭できないだろう。

これくらいしないと、世間からの偏見は無くならないと思う。少なくとも、弁護士が軽々しく「精神鑑定を要する」などと言っているうちは、まぁ無理だろう。

ハートネットTV「身体拘束のない国へ~ニュージーランドからの報告~」

2017年に、興奮状態により身体拘束されたニュージーランド人をめぐる問題についての話だった。
被害者の父親が出てきて、「体は健康だった。ただ、精神的に錯乱していただけ」と言ったが、それを日本では「精神病」という病気にカテゴライズするのだよ、と思った。恐らく、母国のニュージーランドでも精神病に相当すると思う。
なんか、この時点で「この事件は日本を叩きたいだけの人たちが大ごとにしているんじゃないか?」と思ってしまった。

被害に遭ったケリーさんは、子供たちに英語を教える教師として来日したそうだけど、精神疾患を抱えたまま来てしまったらしい。やっぱりこの時点で、普通じゃないと思う。精神疾患の持病があって、日本でどういった治療が受けられるのか、下調べもせずに来日してしまったケリーさんにも、落ち度があるのではないか。
持病があるのに、母国を離れて働きに行こうと思うもんかね? 行った先の国で、母国と同じ医療が受けられると思うのかね? 私は悪いけど、思わないね。たとえばアメリカだったら、些細な病気でも莫大な治療費を請求されると知られているから、旅行くらいなら行っても良い。でも、私みたいに精神科以外にも複数の診療科にかかっている人は、アメリカには住まないほうが良いと断言する。

身体拘束は良くない。それは確かにそうだろう。でも、実際問題、精神疾患の症状の最中、激昂しているような人に対して、落ち着くように言葉で諭しても通じないことは絶対にあると思う。
私自身、若くて精神状態が非常に悪かったころ、野球部だった弟の木製バットを家の中で振り回し、親父に殴りかかった。親父はゴルフクラブで応戦した。家庭内は無茶苦茶だった。この頃の記憶はあまり無いし、思い出したくも無い。
もしこの時、救急隊員が来て「落ち着いて」などと言ってきても、多分通じなかったと思う。だって、当時通っていたメンクリですら、看護師2名で私をガッシリ羽交い絞めにして、鎮静剤を打っていたのだから。
それを知っているから、症状によっては身体拘束もやむを得ない、と私は思う。

ケリーさんがニュージーランドで受けた治療というのは、うつ状態の時だったようだ。それに反し、日本では躁状態の時。そりゃ受ける治療や処置に違いが出ても仕方がないだろう。
それをあたかも「日本の治療は野蛮で、世界標準から外れている」と決めてかかるのは、いかがなものか?

父親自身が、日本で息子が「危険なほど支離滅裂で、制御不能な状態」になったと言ってるのに、どういう治療をしてもらえると思ったのか? 優しく寄り添ってもらえるとでも思ったのか? 日本の精神科医療は、残念ながらそういうものでは無いんだよ。
それは改善すべきことだと、いろいろな精神科医療の関係者が言っているけど、たった1人の患者のために、何人もの医療スタッフを割り当てられるほど、日本の精神科医療は充実していない。これが現実だ。
病院に到着したときは暴れていなくても、何かちょっとした刺激で興奮することも十分あるのが、この精神疾患というやつなのだから、私は病院の判断は間違っていなかったと思う。医療スタッフに被害が出てからでは遅いんだよ。

こういうことを書くと、精神病者の人権は~って言いだす人がいるだろうけど、じゃあ健常者の人権はどうなんだ、って話。心神喪失の人が犯罪を犯しても無罪になることからも分かるように、精神病者が医療スタッフに暴力をふるっても、医療スタッフは泣き寝入りだ。それで医療スタッフが離職したら、誰が責任を取るのか?

そこで、ケリーさんがニュージーランドに住んでいた頃入院していた病院へ、杏林大学の長谷川利夫教授が行くわけなんだけども、この長谷川教授が曲者で。精神科医じゃないどころか、医者ですらない。ただの保健学の博士。所有資格は、作業療法士。これで精神科医療の専門家と言われても……。
と考えると、この番組は「身体拘束反対」が言いたくて作ったとしか思えないんだよね。いや、誰でも彼でも身体拘束せよ、とは思いませんよ。でも、申し訳ないけど必要な人もいると思う。番組では「ディエスカレーション」という技法が紹介されていたが、統合失調症的に支離滅裂な興奮状態にある人を、言葉だけで落ち着かせるのは不可能だと思う。

イタリアもそうだけど、人口の少ない国で精神科医療を開放する方向にもっていくのは、そんなに難しいことでは無いのだろう。しかし、人口規模が1億人を超えている日本でそれをやるのは危険だと思う。
番組内で「ピリポノ」という施設が出てきたが、看護師が12時間労働している。働きすぎだろう。いいの? それ以外にもスタッフが何人もいて、この施設を運営するのに一体いくらかかるのか?といった感じだ。

特にこれはマズイと思ったのが、幻聴が聞こえる患者に対して、「どんな声が聞こえるの?」等、幻聴について詳しく聞いて、ほじくり返すことだ。これは確か、今の標準医療ではやってはいけないことだったはず。
ただ「べてるの家」は「幻聴さん」とか言って、幻聴や幻覚、妄想をほじくり返す作業所をやっている。でもあれは向谷地さんがいるから出来るようなもので、ただのピア・スタッフが1人でやっていいこととは思えない。
この女性は「ギャングも扱ってきた。女には出来ないと言われたけどね」とドヤ顔で言っていたが、「それ言いたいだけちゃうんかい」って感じだった。海外にも居るんだなぁ、こういう人。

そして、この番組を見ていてずっと不思議に思っていたのは、肝心の精神科医が1人も出てこなかったこと。何故? 精神科医療に関する話題なのに、どうして精神科医を出さないのだろう?

精神障害者の枠にはめられたくない

最近よく考えることがある。「精神障害者の枠にはめられたくない」ということだ。

地域活動支援センターを利用しなくなっておよそ1年半が経った。寂しい、話す人がいなくなった、ということ以外に、特に困ったことは無い。むしろ、私生活で健常者と話す機会が増え、「私は健常者の中でもやっていけるんじゃないか?」と思うようになった。
作業所も満足に行けないくせに何言ってるんだ、と言われそうだけど、もう何年も2週間に1度、健常者の先生や生徒がいる絵画教室へ通っている。それで、休むことはあっても、トラブルを起こしたことは無い。
また、ものすごく懸念していたペーパードライバー講習だが、1日だけ超スパルタ教官に当たって精神的ダメージを受けたくらいで、そのほかは普通に通うことが出来た。

何度かこういう経験をすると、こう言ったら申し訳ないが、精神障害者と話すのが苦痛になってくる。もちろん、そうでない人もいる。
例えば作業所で人との距離感がおかしい人を相手にするのは、本当に精神的に負担だった。精神障害がある人のための施設で、そういった人を相手にすると精神的に疲弊していき、精神状態を悪くする、という本末転倒な事態に何度も陥った。
コソコソと、時には大っぴらに噂話をする。プライベートに首を突っ込んでくる。秘密のつもりで言ったことを言いふらされる。同じ利用者に対する愚痴や悪口を陰で言う。

こういった問題は、精神疾患が比較的若い段階で発症し、社会的な経験を十分に積まないまま育っているから、と言われがちだけど、病気で高校を卒業できなかった人でも、人との距離感をきちんと取れるうえに、考え方などもきちんとした人はいるわけで、中卒だからどうとか、関係ないと思うようになった。本当に、本人の生まれ持った性格なんだろなと。
ま、そんなこと言う私だって幼いところは多いけどね。やっぱり結婚して子供産んで育ててる人とは、苦労の質が違うし、自分より(って比べるのもおこがましいが)一回りも二回りも人間的に大きいな、と思う。義妹なんか見てると特に思う。

じゃあどの枠にはめてほしいんだよ、っていわれると、健常者は無理だし、違うんだよね。だから、自分でもどうしていいのか分からないんだけど。

ハートネットTV 変わり始めた精神医療2▽治療の最前線 オープンダイアローグ

録画していた『ハートネットTV 変わり始めた精神医療2▽治療の最前線 オープンダイアローグ』を見た。

予想していた通り、斎藤環さんが登場された。この人、第一人者と言っても良いのでは? 凄いよね。
オープンダイアローグって、簡単な言い方をすれば「薬や入院に頼らない、対話主体で治療する」的なことと言っていたけど、今の主治医の治療は、わりと「対話重視、会話重視」な感じがする。
医師と患者の関係も、限りなく対等に近づいている、という話だった。うちの主治医も「本当に医者なの?」と思うくらいにフランクで、「患者と同じ目線で話してくれる」感を凄く強く感じる。
なので、主治医はこのオープンダイアローグを実践しようとしているのかな?なんて思っていたんだが、番組中に「リフレクティング」という、医療の専門職が一同に会して、患者の目の前で治療的な話をするシーンが出てきて、「あ、これは違う」と思った。

番組では、統合失調症型障害の患者が出ていて、母親と一緒に治療に来るんだけど、話しているうちに喧嘩になってしまう、と言っていた。うちと一緒だ……。
でも、そこには「安心して喧嘩できる」信頼性に基づいているのではないか、という専門職の意見が出て、自分でも薄々気が付いてはいるんだけど、「そうかもな」と思わされた。喧嘩にも「質」がある、という考え方だ。
憎しみあって喧嘩する場合もあるだろうが、甘えから来る喧嘩もある。私は母親に対しては、甘えからくる喧嘩だと思っている。どれだけ私が暴言を吐いても、母は私の母でいることを辞めないだろう、という甘え。

ところで、引き続き見ていると、医師が個人的な、プライベートな話をして、患者と一緒に考えていく、という治療スタイルがあって、それもやっぱり私の主治医と被ってるんだよな~と思う。主治医はちょいちょい家族の話や、自分の学生時代の話など、本当に個人的な話をすることがある。表情なんかも豊かで、私が変なことを言ったら爆笑してくれるし、嫌がられるだろうなって話をすると、苦い顔をしている。さすがにそれは、素直に感情を顔に出し過ぎ!と思ったけど。
ただ、今迄のメンクリ経験でいったら、そういう医者は皆無だったので、やはり主治医は何か狙ってそういう診察スタイルをやってるんじゃないかなーと思う。うがちすぎかな。

斎藤環さんが「従来の医療というのは、薬物治療が進歩すれば、うつ病も統合失調症も治る」という目標があったが、それがどうも実現できないような状況なのと、「精神病の患者は問題行動を起こす」というスティグマを、精神科医ですら結構持っている、という話をされていて、「結果的に入院中心主義」になる、とまとめていたのが印象的だった。要は、いまだに日本の精神医療は「管理型」なのだ。

上述の患者は、オープンダイアローグを受けた結果、自動車教習所に行き始めたという。斎藤環さん曰く、こういった変化は薬物治療だけでは出てこない、薬を飲んだからといって何かしたい気持ちになったりはしない、とのことだった。
私は軽躁の症状もあるので、軽躁期になると、何か新しい事を勝手にし始めたりしちゃうんだけど、純粋な統合失調症患者で陰性症状の強い人は、薬物治療だけでは本当にやる気が出ないだろうなぁと思う。双極性障害でも、うつの強い人はやはり同じようにやる気がでないみたいだし。

そしてこれは、自分としてはかなり重要な概念なんだけど、「モノローグ」という概念があって、1人で自問自答したり、堂々巡りに陥っていることがある、その状態を言うのだそうだ。「ダイアローグ」と対義語かな? この状態を放っておくと、どんどん妄想的になったり、こじれていきやすい過程らしい。
なんかこれは分かるなーって気がする。1人でいるとホント良くないんだよね。ここ数か月、うつが酷くて殆ど家に居て、話す人もろくにいなかったんだけど、それで社会性が著しく落ちた、という実感がすごくあって、それは新しい作業所(3)の責任者にも話した。だから、週1日でもどこか通うところが欲しい、と思っている。

終盤、統合失調症の重めの方が出てきて、「(みんなが)困っていることが、(自分も)困っている」みたいなことを言っていて、あぁどんだけ精神病に侵されても自分のことは分かってるし、相手のことも分かってるんだな、と思った。
もちろん、本当に心神喪失状態に陥る時もあるだろうけど、きちんと治療していたら、ある程度の正気(という表現が適切かどうか分からないが)は保っていられるような気がする。

最後にまた斎藤環さんが登場し、周囲の人がいないと「モノローグ」的になっていく、悪循環だ、という話をされていた。
それが、上述のように近所の人も含めた「ダイアローグ」で、近所の人も心配していることが分かって、思い込みや妄想的なものを緩和する効果が高いようなことを言ってらした。

日本の精神医療では「ケースワーク」が足りていない、という話もあった。医者が出す薬が変えられるのは脳の状態だけ、カウンセリングで変えられるのは心理状態だけ。ケースワークは「環境調整」で、その人の生活環境に介入することを指す、と。そうすると、関係が良くなるだけで症状が消えることも起こりうる。

斎藤環さんの話は若干専門家向け(医療者向け)なので、少し飛ばしてしまったけど、非常に考えさせる番組だったし、心にしみた。

支援センターの担当職員に電話をかけた

現在籍だけは置いているが、ほぼ利用していない地域活動支援センターの、登録を抹消するために、電話をかけた。
昼過ぎ、一番で電話をかけたら、なんとあの問題職員が出やがった。もちろん、当然のごとく「ぶち」と電話を切った。

30分くらい経って改めてかけ直すと、施設長が出た。「あ~久しぶり~!」と、元気そうだった。ここ1年くらい、やたら元気が無かったので、どうしたのかなと思っていたんだが、なんかあったんだろう。まぁどうでもいいや。
で、担当職員を呼んでもらうように頼んだら、どうも取り込み中だったらしく、「こちらからかけ直すね。自宅?」と言うので、自宅にかけてもらうことにした。

しばらく待っていると、担当職員から電話がかかってきた。
まず、近況報告をして、「ちょっと言いづらいのですが」という感じで、話を切り出した。と言っても、いきなり「登録抹消したい」とストレートに言うのはさすがにはばかられるので、「今月、支援センターの登録更新月ですよね。もし更新しなかったら、B型作業所の利用計画とかの書類、作ってもらえなくなるのでしょうか?」と担当職員に聞いてみた。
すると「大丈夫ですよ。利用計画の作成と、支援センターの登録は、別の仕事なので」と言われた。まぁこれ何度も聞いてると思うんだけど、やっぱり不安だったから。

それで、問題職員について、担当職員からは「やっぱりだめそうですか?」と聞かれたので、「もう考えたくないし、関わりたくない、というのが正直なところです。新しい作業所(3)にも相談室があるし、もし新しい作業所(3)に通うことになったら、そちらで対処してもらおうかと思っています」的なことを話した。
でも、正直な話、今の担当職員は付き合いがもう7年?8年?くらいあって、私のことをよく理解してもらっているから、新しい作業所(3)で同様のサポートが得られるのか、かなり不安ではあるんだよね。やっぱり一言で「相談」と言っても、性格や病状のことをよく知っている人に相談するのと、ほとんど知らない人に相談するのとでは、得られる満足感・安心感が全然違うから。

それ以外にも、今登録している作業所での話や、新しい作業所(3)の話、ちょっとした雑談などをして、30分くらい話してしまった。
いつも長話になるので、「忙しいのに貴重なお時間、ありがとうございました。いつもすみません」と謝ったが、担当職員は「いいんですよ、お話を伺うのも私たちの仕事ですから。どんどん話してくださいね。体験利用の感想も、ぜひ教えてください」と言ってくれた。いや~ほんとありがたい。

それで肝心の支援センターの登録抹消だが、更新手続きをしないと、自動的に2年で契約が切れるらしい。私の場合は、去年契約しているので、今回更新しないと、わざわざ抹消手続きをしなくても、自動的に来年で切れる、という話だった。
それを待てない、もう今すぐにでも登録を取り消したい、ということであれば、書類による抹消手続きがあるんだけど、と言われ、ちょっと悩んでしまった。ほっといても切れるなら、ほっとくのもありかなぁと。
それを察して、担当職員が「とりあえず書類だけ送りましょうか?」と言ってくれたので、「お願いします」と頼んだ。新しい作業所(3)の雰囲気を見てからでも遅くないかなと思った。

支援センターから定期配布物が送られてきた

地域活動支援センターから、毎月送られてくる定期配布物が届いた。
今月から仕様が変わり、いろいろな配布物が含まれていた。興味をそそられるプログラムもあるが、問題職員がいると思うと、行く気になれない。

そんなわけで、以前から書いているが、もう支援センターの利用契約は止めようと思う。
私が利用契約をした当時、7年くらい前かな? その頃は、年間利用料があった。でも、気が付いたら無くなっていて、もうずっと自己負担なしだ。だから、電話相談だけ利用して、行かなければ良い、っていう考え方もあるんだけど、やはり電話をかけるだけでも、「問題職員が電話に出たらどうしよう」という思いは常にあって、怖いのだ。

懸念しているのは、止めたい時にどうするか?だ。と思って、利用更新したときにもらった書類を調べてみた。書いてあった。「利用者から登録抹消の申し出があったとき」に登録を抹消するようだ。なるほど。他にも「利用更新が2年行われなかったとき」も登録抹消するらしい。
私の場合、問題職員が嫌で、意識的に抹消したいから、申し出をする。具体的に何をするかは分からないが、とりあえず6月に電話をかける予定だ(利用更新は誕生月に行うことになっているので)。

なぜ寝過ぎると逆に疲れてしまうのか:研究結果

WIREDというニュースサイト?から。タイトルにもある通り『なぜ寝過ぎると逆に疲れてしまうのか:研究結果』という話なんだけども。

私も、寝すぎた日ほうがだるい、疲れが取れてない、余計に眠い、寝覚めが悪い、というような不快感を感じたことがある。というか、いつもだいたい寝すぎると調子が悪い。
これ私だけなのかな、病気のせいなのかな、と思っていたんだけど、この記事によると、わりと普遍的な現象みたいで、だったら寝すぎなきゃいいじゃん、という結論を得た。

例えば昨晩は22時半前には薬を飲んで寝ているんだけど、7時半に起きるとしたら、9時間も寝ることになる。私は、今日は出かける日だから、たくさん睡眠を取るために早く寝たほうがいい、と考えたんだけど、実際は夜中に起きてるし、早朝も何度も起きてる。
いつも勝手に目が覚めてしまう5時半頃は、22時半に寝たら7時間、23時半に寝たら6時間で、多分それくらいに寝るほうが、睡眠サイクルとしては正しいのだろう。