地域活動支援センターの個別支援計画の見直し

午前中は作業所で勤務したあと、午後は支援センターへ行って個別支援計画の見直し、要は、利用更新みたいなものをしてきた。
職員室に問題職員がいたら嫌だなぁと思いつつ、支援センターの職員室を覗くと、一発で面談を予約していた担当職員と目が合って、すぐに出てきてくれた。
「今日は、出勤職員はこんな感じですけど」と言って、職員の出勤表を見せられたが、そこに問題職員がいなかったので、安心した。担当職員も本当に気が利く人で、問題職員の名前を出さずに、問題職員が来ていないことを表現してくれるのは、本当に高度なコミュニケーションスキルだと思う。

さて面談だが。「この半年どうでしたか?」という感じで始まったので、ペーパードライバー講習へ行ったことから、母が倒れてちょっと大変だったことまで、色々話した。っていうか、ほぼ母の話になった。最初のうちは、私も頑張って料理をしていたけど、元々得意なほうではないので、ストレスが凄くてキレてしまい、今は母も回復してきて、料理はほとんどしなくても済むようになっているとか。
また、今回の事で、もし親が死んだらこういう生活になるのかなー、ということを日々考えるようになった、みたいなことも話した。年齢的には、順番は父が先なのだけど、持病の数と深刻度でいったら母のほうが先になりそうで、本当に怖い。
今やってる家事は、土日に掃除をするだけで、そんなに負担は無いのだけど、やはり家に病人がいて、「痛い痛い」とか呻いているのを聞くと、あまり気持ちのいいものではないし、イライラしたり鬱屈としたりする、みたいなことを話した。

あらかた母のことを話し尽くしたあと、問題職員の話になった。「どうですか? やっぱりまだ気持ちは整理できませんか?」みたいなことを言われたので、「そりゃ、こんな格好(と睨んできた時のしぐさを真似る)で何回も繰り返し睨んで来たら、悪意しか感じないし、謝罪も横向いてたし、反省の色も無いみたいだし、何しろ大声を出したり怒鳴ったりするのが怖くて、無理です」みたいな話をした。
担当職員も、立場があるので軽々に個人の意見を言うことは出来ないから、もどかしそうだった。ただ、私が今でも怒っていること、怖がっていることは、センターとして受け止めて職員内で情報共有します、みたいな話をされた。
担当職員が「問題職員と会って話すのは嫌なんですよね?」と何度も確認してくるので、「そちらはそうさせたいのでしょうけど、とにかく問題職員が怖くて、またあの目で睨まれるのかと思うと、気が狂いそうになります」と答えた。

そして、「問題職員は常日頃から、自分は仕事ができると自画自賛しているのだから、利用者から第三者委員会にまでチクられてモメられているんだったら、普通の人ならよその法人に転職しますけどね」と言ってやった。
更に、「この支援センターって所は、精神病の人が来る施設じゃないですか。ちょっとしたことで恐怖を感じたり、不安になったりする人が利用者なのに、なんであんなに安易に大声を出したり、威嚇をしたり、睨みつけたりできるんでしょうね? 私は正直言って、問題職員は福祉職としての適性が無いと思います」とまで言ってやった。スッキリした。って言う相手が違うけどな! 本当は問題職員にこのセリフを言ってやれればいいんだけど!

最後に支援センターの利用についてだが(これ本題なんだけど)、過去半年、ほとんど利用できなかったけど、これから半年、また利用継続をすることにした。朝の段階では、作業所にも行きたくないし、支援センターの更新もしない、って決めてたんだけどな~。担当職員がすごく良い人だから、流されてしまったわ。こちらの愚痴を上手くまとめてくれて、「それはこういうことですね」って上から目線じゃない的確なアドバイスというか、合いの手?みたいな上手い一言をくれる。

で、支援センターの目標が「作業所に遅刻しても良いので自力で継続して通う事」となった。そこで、私が「ちょっとここで話すべきか分からない内容なんですが」と前置きして、作業所の工賃に納得がいかない話をしてみた。担当職員は、作業所のモニタリングもやってくれる人なので、そのあたりも勘案したのか、親身になって聞いてくれた。
要は、以前にも書いたと思うが、全然仕事が出来ないし、やる気も無いのに、何故か毎日来ることだけは出来る人が、私と同じ時給で月1万いくらもお給料をもらっているのは納得がいかないと。そういう話をしたら、「そういった話は、主に仕事が出来るとされる人から、何名か聞いてます」と言われた。やっぱり……。
それで、不満な人は次の段階、例えばA型作業所だったり、作業所以外のアルバイト等だったり、もっと言ったら障害者枠雇用だったりに、ステップアップしていくのだそうだ。担当職員曰く、「erikoさんがそこに不満を持ち始めた、ということは、それだけ仕事をする気力や体力が付いてきたってことだと思うし、これは次の段階へ進む兆候なんじゃないかと思います」とのことだった。
とはいえ。週1日既定の時間も働けないようでは、アルバイトも勤まらないだろうし、ほんとせめて1日で良いから、15時まで勤務できるようにならないとダメだな、って痛感した。それも1日だけじゃなくて、1か月継続してできないとね。ということは、あとまた半年くらいはやってみないと、なんとも言えないかな……。

障害者手帳の更新が完了した

作業所の帰りに、障害者手帳の更新をしてきた。
年金証書を使った申請自体は、10月に行ってきているんだけど、審査が必要なので、1か月ちょっと待たされた。結局、11月末日という有効期限には間に合わず、私は律義な性格なので、期限切れの障害者手帳を使う気になれず、この1週間、正規料金でバスに乗っていた。

保健福祉センターで役人に「障害者手帳の更新をしたいんですが」と話しかけると、「診断書か年金証書かお持ちですか?」と言われてしまったので、「あ、そうじゃなくて、通知書?が届いたんですけど」と返すと、「あ、そういうことですね」となった。うーん、役所的には、市から「2級に認められたから、更新に来てね」っていう通知の封書が来て、それを持ってくることを「更新」とは言わないのか。まぁ私が自分で書いた記事でも、年金証書を持って行って、更新手続きをしたことを「更新してきた」って表現しているしな。
ま、そんな細かいことはどうでも良いか。

で、手続き自体はあっさり終わり、手帳に平成32年の期限がハンコで捺されて、無事更新完了です。

ついでなので、これまた私が書いた記事で申し訳ないが、『障害者手帳をカードでも』というニュースがあったので、役人に聞いてみた。「障害者手帳がカードになるかも、って話を小耳に挟んだんですが、どうなるんですか?」みたいな。
すると、「いやー、うちの市ではそういう話は聞いてないですね。よその自治体さんはやってらっしゃる所があるのは知ってます。でもうちは、財政も厳しいし、カード化するのは難しいんじゃないかな?」と言われてしまった。なんだよ、そうなのか。しかし、これには続きがあって、「市民の皆さんから要望が多数挙がれば、市のほうでも考えるんじゃないかと思います」とのことで。
なので、私も「いやぁこの手帳って、サイズが大きいじゃないですか。パスケースにも入らないし、せめて大きさを変えるだけでもやってもらえないかな、って常々思ってたんですよねぇ。なるほど、要望ですか。検討してみます」と応戦しておいた。

そして、帰りのバスは堂々と障害者手帳を提示してバスの清算をした。

バリバラ「玉木幸則”平成”を語る(前編)1989-2008」

玉木さんは活舌が悪くて(これも障害のせいだから、言っても仕方が無いんだけど)、耳が悪い私はあまり好きじゃないんだけど、なんとなくこの回を見てしまった。そして、見て良かったと思った。

番組終盤で出てきた「自分らしい生き方が出来ているかどうか?」という課題。私がずっとモヤモヤしていたのは、これだったんだ、と思った。そう、私はメンクリに通うようになって、障害者認定されて以来、自分らしい生き方が出来ていないと感じていたんだ。だから、薬を勝手に減らしてみたり、作業所に通うのを嫌がってみたり、していたのでは無いかな?
要は、自分の精神障害を未だに受け入れられていない、ということなんだけど。

陰性症状が炸裂して、引きこもるようになるまで、色んな職場で働いてきた。正規雇用は1か所だけで、他は非正規雇用だったけど、その当時は自分はうつ病経験者(回復済み)と思っていたから、あまり無理して再発するのが怖くて、非正規雇用のままで良いと思っていた。
働きながらその稼ぎを学費に回して、自腹で通信制の大学にも通い、無事卒業することが出来た。サークルにも入って、関西の美術展巡りオフ会に参戦したり、関東の美術展オフ会にも積極的に参加していた。都内や県内での飲み会にも良く出かけた。自由になるお金は少なかったけど、本当に充実した日々を送っていた。
それが、一転して空虚な日々を送る羽目になった。毎日毎日、PCゲームをするだけ。誰とも話さない。話したくもない。風呂にも入らないし、食事もほとんど摂らない。そんな生活を6年以上送った。

そして、ひょんなことから今のメンクリへ通うようになった。私はすぐに、かつてのような生活が取り戻せるんだと思っていた。しかし、7年通っても若い頃のような生活には戻らなかった。それどころか、不自由な生活を強いられることになった。
薬の飲み合わせのせいで、グレープフルーツが食べられなくなった。7年間、一度も食べていない。ジュースにも入っているかもしれないので、ジュースを買う時は必ず成分表を確認する癖が付いた。ハッキリ言って、グレープフルーツを食べたい。私は、柑橘類が好きなんだよ。みかんじゃダメなんだよ。こういった不自由がある。
他にも、飲み屋でお酒が飲みたい。新宿のバーとかに行きたい。地元にあるジャズバーとかにも行きたい。でも、抗精神病薬を飲んでいるから、怖くてあまり量が飲めない。今は自宅で缶チューハイ1本、焼酎だったら200mLくらいしか飲まないけど、それじゃ全然足りないわけ。もう少し酔ってヘラヘラしたい。でも、抗精神病薬が効き過ぎた時に怖いから、自粛してしまう。そういう不自由がある。
体力も無くなったから、都内に出かけることも殆ど不可能になった。美術館にも行けないし、大学の同期との飲み会も参加できない。

そして、仕事。作業所ですら、週1日数時間しか働けないのに、私がかつてやっていたような仕事が出来るわけが無いのだ。
私がかつてやっていた仕事とは、ある程度の頭脳労働で、自分が憧れていた職務内容で、その仕事をしている時はいつも、とても満足していた。非正規だけど誇りを持っていた。
そんな私が、作業所で知的障害者と一緒の仕事をするのか、という思い。傲慢だと思われそうだが、正直な感想だ。

自分らしい生き方って、どうすればいいのかな? 仕事で実現するには、かなり無理があるというのは、もう痛いほど分かっている。それ以外のところで、どうするか? 都内の美術展へ行けたら良いな、というのがまず1つかな。

お金の使い方で迷っている

今、お金の使い方で迷っていることがある。
先月、ドコモのdマガジンというサービスに加入した。雑誌が色々読み放題で400円というやつ。私はStoryって雑誌と、料理雑誌と、女性週刊誌がいくつか読めればいいな、と思っていたので、これで十分元が取れると判断した。
最初は、「あれも読める、これも読める」と嬉しくて、片っ端から読んでいたけど、1か月もすれば飽きる。それよりなにより、雑誌から得られる情報が、実は何の役にも立たないのだ、ということに気が付いてしまって、なんか月400円すら勿体ないなぁと感じるようになってしまった。

雑誌が役に立たないというのは、例えばファッション誌だと、流行のコーデばかり載るのに、自分はサイズ的にその流行のコーデができないわけだ。私が着れる服の選択肢が少なくて、ほとんど通販に頼っているから、流行のコーデなんかできない。
そもそも、この歳になると流行を追うのが馬鹿らしくなってきた。ガウチョなんて、外出先でトイレがすごく困る服という印象しか無い。とはいえ、さすがにブーツカットはもう履かないけど、それくらいのレベルの流行しか追ってない。それでファッション誌なんか見ても、ねぇ。
あとは、美容雑誌も見るけど、見るからと言って、載ってる商品を買うか?って言われたら、やっぱりそんなお金は無い、と思ってしまう。

女性週刊誌も、普段自分では絶対に買わないので、最初は目新しくて面白かったけど、取り扱う内容がいわゆるゴシップ記事が多くて、「それ知ってて何の得があるの?」みたいな話ばかりで、急速に冷めつつある。

さて、これを1年続けると、いくらになるか? 4800円だ。
ところで話は変わるが、コンボという団体が出している月刊誌がある。「こころの元気+」という雑誌だ。購読するには、年間6000する賛助会員になる必要がある。今までは、支援センターで毎月仕事帰りに読んでいたから、何も感じていなかったけど、今は支援センターに寄ることが出来なくなったため、もう1年近く読んでいない。これがね。読みたいなぁと改めて思うんだよねぇ。
通ってるメンクリにも最近置くようになって、でもうちのメンクリはほとんど待ち時間が無いから、待ち時間で最後まで読むことはほぼ無理なんだよね。だいたい、最後まで読んでたら他の患者さんの邪魔になるだろうし……。みたいな話をしたら、「年5、6000円くらいで読めるよ」と主治医に言われ、会員になるかどうかずっと迷っているんだよねぇ。

いろんな雑誌が読めて年4800円か、精神科の話だけしか載ってなくて年6000円か。どっちがいいのかなぁ?
というのも、なんか日々接している情報が、あまりにも精神疾患、精神科関係に偏りすぎじゃないのかな?って思うようになったんだよね。統合失調感情障害という精神疾患は、私を構成する要素の1つではあるけど、すべてではない。でも、アウトプットしている情報は、ほとんどが精神疾患にまつわるものだ。それって健全とは言えないんじゃないかな、って。
ホント、どうしようかな……。両方契約するという案は、金額的な面から飲めないんだよね……。

障害者手帳の更新に行って来た

地域の保健福祉センターへ、障害者手帳の更新に行って来た。
事前に電話で確認しておいたので、用意する書類などは把握していた。精神障害者保健福祉手帳本体、印鑑、年金証書、年金が振り込まれていることを確認できるもの(私の場合は、日本年金機構から送られてきたハガキ「年金振込通知書」)を持参した。
対応してくれた役人が、なんと車椅子の障害者で、こういうところで働けてるのは羨ましいなぁと思ったけど、認知機能障害でボケにボケきった私の脳みそでは、法律の知識が必須な役人の仕事は、もう無理だろうなとも思った。

手続きは、更新申請書と年金機構に問い合わせる書類の2枚を書かされた。年金証書で更新すると、その年金機構に問い合わせる書類が必要になるそうだ。そのあたりはちょっとよく分からないが、まぁ決まりなので仕方が無い。
淡々と書類を書き、処理が終わった。役人が「1か月から1か月半くらいで審査が終わると思いますので」と言うので、一瞬「ん?」と思った。私の障害者手帳は11月30日までしか有効じゃない。1か月半だと、有効期限が切れてしまう。
そのあたりを役人に聞いてみると、「確かに切れちゃいますね……」とのこと。うーん、どうしたらいいのか。「どうしようもないです」と連れない返事。マジか。
「バスとか乗ります?」と聞かれたので、「作業所へ通っているので、そのときにも使います」と言ったら、渋い顔をしている。「まさか、バスの運転手に『中身見せて』って言われて期限切れだったら、割引効かないとか?」と聞いてみると、「法的には効かないですね」と言われてしまった。がくり。

役人が「この手続きって3か月前から出来るんですけど、何故しなかったんですか?」と、言ってはいけないそもそも論を持ち出してきた。「忘れてたんです。ネットで手帳の話を読んで、そういえばって思い出して、日付を確認したらあと1か月しか無かったから、慌てて更新しに来たんです」と話したら、「あら、そうでしたか」ってな感じで。「3か月前に手続きすれば、間に合うようにはなってるんですけどねぇ~」って何度も言うから、ちょっとカチンと来た。
まぁこんなところで障害者同士がいがみ合っても何の得にもならないので、引き下がって帰ってきた。

あとは、更新完了通知のハガキが来たら、また改めて保健福祉センターへ行って更新のハンコをもらえば終わりだ。早く審査終われ~。

体調メモ+日記 障害者手帳は年金証書で更新できる

昨晩はなんかすごく眠くて、23時前には寝てしまった。
今朝は5時頃にいったん起きたが、すぐ二度寝して、アラームで7時に起きた。二度寝はせず、すぐに起きてリビングへ行ったら、親父が居たので慌てて自室に戻ってきた。でも、親父は親父で親父の部屋に戻ってしまったので、私は再び1階へ下りてトイレへ行き、朝食を食べた。
最近、7時に起きて二度寝せずそのまま朝食を食べるパターンが続いている。良いことだと思う。主治医にも言われたことだし、「頑張って7時に起きて、眠ければそのあとまた寝たら良い」って方向で行こうと思う。

そのあとは、ゴロゴロしたり、ネット巡回したり、テレビ見たり。なんか落ち着かなかった。
11時過ぎにふと障害者手帳のことを思い出し、保健福祉センターへ電話をかけた。「年金証書でも更新ができたと思うんですが」と聞いたら、「はい、できますよ。あとは印鑑と、年金が支払われたことを証明する直近の書類と、申請書が必要ですが、申請書はこちらにありますので、印鑑と書類だけお持ちください」と言われた。
いや~診断書が必要無くて良かった~。

ネサフしていたら、あっという間に昼前になった。出かけたはずの母がまだ帰らないので、「先にお昼食べてて良い?」とLINEしたが、返事が無い。もう11:45くらいになったので、これ以上待っていられない!と思って、パスタを作って食べてしまった。
食べ終わって皿でも片付けようか、と思っていたら、ようやく母からのLINE。これは別記した。
一段落して、コンビニへ夕飯を買いに行った。はぁ。

帰ってきてから、風呂に入ろうとして浴室を開けたら、朝間に合わなかったのか、風呂掃除の途中になっていたので、慌てて掃除した。はあー。
風呂からあがって、義妹に経過報告のLINEをしたりしていた。やっぱりスマホでぽちぽち入力って面倒くさいわー。キーボードで文字を打つスタイル、小学生の頃からもう35年くらい歴があるので、今更他のスタイルに変えられないわ。

夕飯はコンビニ弁当を食べた。少し体重が戻っていたので、丼もの食べてる場合じゃなかったんだろうけど、体重量る前に買いに行っちゃったから、ビビンバ丼?にしてしまったよ。そして、思ったよりも辛かったから、失敗した。

障害者手帳をカードでも

毎日新聞の記事で、『厚労省 障害者手帳をカードでも 来年度から希望者に』というのがあった。要は、身体と精神の障害者手帳を、持ち運びに便利なカード型にすることが可能になる、というもの。ここでいうカードというのは、マイナンバーカードみたいにプラスチックの固いカードのことだろう。多分。
個人的には、これは歓迎だな~。今の手帳型は、手帳サイズのケースがどこにも無いから、剥き出しで持つか、手帳より大きなケースに入れて持つしかない。外出時に携帯するものなのに、取り扱いがとても不便なのよ。でもカードサイズだったら、それこそ今のパスモを入れているカードケースに、一緒に入れることが出来るし、絶対便利になる。

と言いたいところなのだが、私の直近の障害者手帳更新日は、11/30末日。そう、来月末なの。いやーマジで完全に忘れていたわ。
もうね、笑いどころじゃない。この記事を見たから、手帳の更新っていつだったっけ?と思って確認したけど、この記事見てなかったら、期限切れで失効させてたわ……。あぶない。
とりあえず、確か年金証書で更新できたはずだと思うけど、自信が無いので、明日役所に電話で聞いてみる予定。
まぁそういうことなので、来年度から利用可能だそうだけど、2年後の11月まで手帳型を使うことになりそうだ。

ハートネットTV「ひきこもり新時代 長期化、募る焦り」

私の引きこもり歴は6年くらいなんだけど、これで長いほうだと思っていた。でも、番組には何十年と引きこもっている人たちがいて、驚きを禁じ得なかった。そんなに引きこもれる精神状態は、ちょっと異常だよと言いたかった。精神科に行けば、なにがしかの診断が付くのではないかと思った。私の場合は、たまたま精神科で精神病だということが分かって、精神医療に繋がり、福祉に繋がり、今がある。
「ひ老会」というのがあって、ひきこもりと老いを考える会だっけ。私もこの人たちのことを笑えないな、と思った。今、うちでは生前贈与の話が出ているというか、もう現在進行形で、贈与の手続きが進んでいる。しかし、書類1つ取っても、親父の老化が凄まじくて、法律に疎い私が、その書類のミスを4回も見つけてやり直しをさせたくらい、書類をまともに作れなくなった。今現在、親父はかつて働いていた会社と業務委託契約のような契約を結んで、個人事業主として働いているんだけど、こんなに書類が作れないんじゃ、仕事に支障が出るのでは?と心配するくらい、酷かった。
私も私で老化からは逃れられない。昨日のように立ちっぱなしの肉体労働をやった翌日は、だるくて筋肉痛で、まともに家事もこなせなくなった。社会復帰のために体力を付けようと、踏み台昇降運動をやったりしているが、老化するスピードのほうが速くて、追いつかない状態だ。

「OSD 親が死んだらどうしよう」という会もあるらしい。DAIGOみたいだw さすがの私の母親も、最近危機感を覚えたらしく、家族会で企画された精神科医の講演会に参加を申し込んだらしい。
この会で、精神科医として有名な斎藤環さんが出ていて、「対話をしろ」と言っていた。多くの人が「もうしてます」と言うが、「それは対話じゃないんですよ、おしつけ、説得etc…」と言ってて、そうだ、その通りだ、と思った。私も大学生の頃、大学に行けなくなってしまった当時、親に説教ばかりされて話を全然聞いてくれない、話しても「それはお前のワガママだ」と怒られるだけだったことを思い出した。

皆、一様に言うのは、「働きたくても、年齢で雇用条件が厳しくなる。採用してもらえない。門前払いを食らう」といったものだ。これは私も引きこもっている時に感じた。
私が引きこもりだしたのは31歳頃で、最初の2年くらいは「今は休養中だ。貯金が200万を切ったら、就職活動しよう」みたいなことを考えていた。しかし、その2年くらいはあっという間に過ぎ、貯金も減っていった。年を追うごとに「もうこの年齢では、どこにも採用してもらえない」という危機感だけが募っていった。

ひろきさんのお母さんが、事態をまったく理解していなくて、親なのに親らしくないというか、まるで他人事なのが衝撃的だった。こんな母親の元に居ては、治るものも治らないだろうな、と思った。
更に話を聞いていくと、このお母さんがひろきさんを子供扱いしていることが、内容云々というより、話し方からありありと伺えた。上から目線、尊大な態度。私だったら、この母親を殴りつけていただろう。と同時に、このひろきさん自身も、甘えすぎているように感じた。母が分かってくれない、と繰り返すが、健康な同年代の引きこもってない男性は、母親に自分の心情を理解してもらおうとは思わないだろう。それはマザコンだから。
うちの母もそうだが、そろそろ70歳になろうとしていて、最近極端に寝る時間が増えたように見える。昼食後の昼寝、夕食後の夕寝、更に21時半に寝てしまうことも増えてきた。まぁ起きるのが朝4時半なので、睡眠時間は足りているんだけど、ちょっと出かけただけでぐったりすることが増えたので、あぁ歳なんだなぁ、と思うことが多くなった。
ひろきさんは、自分が苦しい、つらい、ばかりで、もう少し老いた母親を思いやってあげてもいいのではないかと思う。

終盤、テロップで「ひきこもりの人の中には統合失調症など精神疾患が背景にありながら診断されていない人も多い」と出て、まさに私のことだ、と思った。
この精神疾患は偏見が凄まじいために、家族すら病院へ行くことを嫌がる。私のように、大学へ通えなくなった、家から出られなくなった、といったような症状から始まったタイプの統合失調症患者は、きっとそれがあまりに「統合失調症らしくない」ために、病院でもうつ病などと誤診され、適切な医療を受けられずに病気をこじらせてしまった人が多いと思う。

障害者雇用水増し問題

ここんところ毎日のように、官公庁で障害者雇用の水増しが行われていたことが報じられている。「どうせそんなところだろうな」と私は思った。
例えば、うちの地元の保健福祉センターには、車椅子の職員が1人いるのを見たことがあるけど、逆に言うと、1人しか見たことが無い。法定雇用率から考えれば、1人で良いはずが無いので、もっといなきゃおかしいんだけど、それらしい人は見当たらない。精神障害や知的障害のように、目に見えない障害がある人がいるかもしれないではないか、と言われそうだけど、そういう人、特に知的障害者は、保健福祉センターという専門性の高い役所で仕事ができるとは、ちょっと思えない。

そうなのだよ。こういう言い方は悪いかもしれないが、知的障害者は、官公庁のようなところで出来る仕事が無いのだと思う。官公庁は、言わずと知れた公務員様であって、採用にあたっては面接だけでなく、採用試験なるものがある。まさか障害者だからと言って、この試験を受けずに採用されることは、無いと思う。
さて、この試験。健常者ですら落ちる人もいるわけだから、知的障害者はまず受からないだろう。それでどうやって採用しろと? 難しいよね?
じゃあ、精神障害者はどうだろうか? 官公庁、特に中央省庁は、国会対策で徹夜で仕事をすることもあると聞く。睡眠が大事な精神障害者に、そんな仕事は出来ないよね? 無理なんだよ。
民間の企業が、特例子会社を作って大量に障害者を雇用するのとは、訳が違うと思う。

それにしても、官公庁ですら守れない法定雇用率を、民間企業が馬鹿真面目に守ると思うかね? これは物凄く根が深い問題だと思う。

ハートネットTV「ひきこもり新時代 わたしたちの文学」

最初は、どの登場人物も「言ってることが幼いな、幼稚だな」と思っていた。でも、いろいろ聞いていて「あぁ、成長するための社会経験を積めなかったんだ」と分かった。義務教育の学校に行かないと、こうなるのか、と。
私も小学生の頃から不登校気味なところがあって、中学校の遅刻・早退・欠席の日数が3年間で75日を超えていた。中学3年の3学期は保健室登校をしていた。だから、一歩間違ったら、この人たちのようになっていたのだ、と思うと、怖かった。

母親が保健師の、「銀の匙」と言っていた男性が、とても気になった。母親が医療職でありながら、精神医療に理解が無く、精神科通院をさせてもらえなかった、という話だ。まったくうちと同じで、悲しくなった。
まぁうちは、20代の頃に私が自力で精神科クリニックへ通院したんだけど、そのあとは一時期寛解して、普通に生活していて、で、仕事を詰め込み過ぎて再発した。再発した時は完全に病識が無く、自力で精神科クリニックへ通うことは不可能だった。母は「この子は精神的におかしい、しかも鬱じゃない」とずっと思っていたそうだけど、母の偏見が強いのと、私が逆切れしたら怖いのとで、言い出せなかったらしい。
番組に出た男性は、そんな無理解な母親を持っていて、よくぞ社会に戻って来れたと思う。

でもまぁ言ったら悪いけど、バブルひきこもり男性は、甘えだと思うよ。社会の枠組みにハマりたくない、組織の歯車になりたくないから、引きこもってるって。なんなのそれって感じ。モラトリアムをこじらせすぎだよ。言ってることも、いちいち言い訳がましいし、屁理屈にしか聞こえない。