本=自己啓発書?

しょっちゅう紹介している樺沢紫苑のYouTube。動画の内容は個人的には結構役に立ったり、豆知識になることも多く、チャンネル登録もして楽しんでいるけど、この人の書いた本だけは買おうと思わない。理由は、自己啓発書だから。

私、自己啓発みたいなの、あんまり好きじゃないんだよね。成長(笑)するためのマニュアル本を読んだり、セミナーに通ったり、って、正直言って馬鹿らしい。そんなお金があるなら、まぁ働いていた頃なら、技術書の1冊でも買うね。実際そうしていたし。今なら、自分の病気に関する新書などを買いたい。

樺沢さんの残念なところは、「本=自己啓発書」と限定されてしまっているところ。他に違うことを言っているかもしれないけど、少なくとも私が見た範囲では、小説や漫画、ITなどの技術書、学術的な教科書、各種雑誌等は含まれていないように思う。
そして、私が買う本というのは、樺沢さんが触れていないであろう種類の本なんだよね。このブログでもよく紹介しているけど、漫画だったり、ムックだったり、雑誌だったり。小説はまだ紹介したことが無いかな? ここ数年、読んだ記憶も無いしな……。

自己啓発ね。やりたい人は、やればいいと思うんですよ。ただ、精神障害者がやってどうなるのかな、って正直思ってしまうんだよねぇ。
いくら意識が高くなって、自己成長したとしても、その能力を活かせるような仕事には、精神障害者は絶対に死ぬまでありつけない。役に立てる場所も機会も無い。だから、やるだけ無駄、っていうかさ。
こういうこと書くと虚しくなるけど、今の社会は障害者にそこまでの能力を求めていないんだよね。作業所だったら単純作業をキチッとできることより、仕事は雑でも休まず毎日通って施設に補助金を落とす利用者のほうが好まれる。障害者雇用も責任のある仕事は任せてもらえなくて、誰にでも出来る単純作業しかやらせてもらえない。Twitterのフォロワーさんでも、ぼやいている人、何人か知ってる。

最近の樺沢さんは、自著のINPUT大全、OUTPUT大全の宣伝に忙しいけど、ちょっとウザくなってきたな~宗教じみてきたな~と思ったので書いてみた。

こころの元気+ 2019年8月号

今月も『こころの元気+ 2019年8月号』が届いた。今号は双極性障害の特集ということで、かなり楽しめた。

まず、双極性障害の人の躁への対応として、「メールや電話が止まらない」みたいな相談が載っていた。これなぁ~、物凄くよくわかるんだよね~。私もうつ病と診断されたけど抗うつ剤の飲みすぎで躁転しちゃった時に、何度もやらかしてる。同期や先輩に鬼電しまくった。大学を辞めてからも、同期に電話をかけまくった。
だから、辞めた作業所で「あの人にメールアドレス教えると、朝昼晩長文メール送ってくるからやめたほうが良い」と言われた人が双極性障害だと分かった時は、「あ~マジで危険な人だ」と思ったもんだった。自分がやったことあるから、どうなるかも分かるんだよね。

しかし、この質問者の答えとして、周囲の人に理解を促すような感じになっているのには、ちょっと違和感を覚えた。みんなこんなに協力的じゃないよ? 世間の人はもっと冷たい。私が鬼電していた相手は、今連絡先を教えてと頼んでも、教えてくれない。かろうじてFacebookで連絡を取れるだけで、電話番号やメールアドレス等は教えてくれない。物凄く警戒されている雰囲気を感じる。
まぁでもそれでいいと思う。自分自身、話してて気分が良いから話しているわけで、多分電話番号を聞いたら電話をかけてしまうだろうし、相手が出たら喋り倒すと思う。そして迷惑をかけると思う。だから、最初から知らないほうが良いのだ。

「お金を使ってしまう」という相談もあった。これも私は結構あるなぁ。まぁ金額が10万位内に収まっているので、なんとかなっている。支援センターの双極I型の人なんか、100万200万、平気で使ってるからね。

診断までの時間というコーナーもあった。私の場合は、2か所目のメンクリで「躁鬱病」(当時)という診断書が出ているので、初診から1年半くらいで診断がついているようだ。しかし、双極性障害としての治療はされず、ずっと抗うつ剤を投与されていた。そして、週1日、メンクリの2階にある処置室?で鎮静剤の点滴を受けていた。物凄く意味が分からない治療だと思う。今だったらアウトだろう。
その後、20数年して今の主治医に出会い、統合失調症に併発している双極性障害、という診断がついたので、まぁこれを正式な診断とするなら、診断までには20年以上経っている計算になる。
雑誌に載っていた人も、2名とも15年以上で、この病気の診断の難しさを感じさせる。

萩尾望都『ポーの一族』読了

高校生の頃、級友に強く勧められて読んだ初の萩尾望都作品が、この『ポーの一族』だった。

それまで、少女漫画というものがどうにも性に合わなくて、少年ジャンプや少年サンデーを読んでいた私にとって、「そんなもん、面白いわけ無いよ」と思っていた。しかし、いざ読んでみると、圧倒的な絵の美しさ、ストーリーの繊細さ、途中途中に挿入される詩など、少年漫画に無い魅力を感じ入り、すっかりとりこになった。

当時、他に小説や漫画を色々買っていて、萩尾作品を買う余裕が無かったので、高校時代は買っていなかったんだけど、大学生になってバイトを始めて、多少余裕が出た時に、3巻セットの豪華版みたいな『ポーの一族』セットが売り出された。私は「あ、高校の時に欲しかったやつだ!」と思って、1冊ずつ買ったんだけど、これ1冊が千円以上する高価な漫画で、本当に「多少」の余裕しか無かった私は、最後の3巻目だけが買えずじまいだった。

その後月日は経ち、最近萩尾先生の作品がどんどん文庫版になったり、セットになったりするようになって、この『ポーの一族』も例外では無かった。Amazonで5巻セットの限定BOXになっているのを見て、「これは今買わないでいつ買うんだ!」と思って、即購入した。
これは5巻セットに加えて、萩尾先生のイラスト入りのポストカードが入っている。もうそれだけでも買いだよね~。

肝心の作品は、高校時代に読んだ記憶とはかなり違っていて、正直言って「あれ? こんな感じだったっけ?」と思った。でも、逆に自分の記憶が間違っていたことが分かって、とても良かった。
萩尾先生が描く、永遠の命を持つバンパネラの悲哀や美しさと、限りある命しか持たない人間の悲哀や美しさ。どちらも幻想的な空想の世界に連れて行ってくれる。
最初は続き物みたいに思えた話も、後半になるにつれて読み切りのようにも思える構成になっていると思う。

今回、この記事を書くにあたりAmazonを検索したら、私が買った限定BOXがもう扱っていないみたいで、愕然とした。まぁそれだけ萩尾作品の人気があるってことだよねぇ。
というわけなので、限定ではない普通の5巻セットも紹介させてもらったけど、本当にいつ品切れになるか分からないので、興味をお持ちの方はお早めにどうぞ。

ポーの一族5巻セット限定BOX所有品
ポーの一族5巻セット限定BOX所有品

こころの元気+ 2019年7月号

だいぶ前になるが、こころの元気+2019年7月号が届いた。
今号の特集は「病院でもリカバリー」なんだけど、入院経験の無い私には全然実感が湧かなかった。

というわけで、普通のリカバリーについて考えてみることにした。
そもそもリカバリーとは何ぞや?ってことなんだけど、Google様にお願いしてみたところ、「国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部」という大変長い組織名のサイトで、良いページを見つけた。その名も『リカバリー(Recovery)』。
ここに、リカバリーとは 人々が生活や仕事、学ぶこと、そして地域社会に参加できるようになる過程であり、またある個人にとってはリカバリーとは障害があっても充実し生産的な生活を送ることができる能力であり、他の個人にとっては症状の減少や緩和である

と定義されていた。リカバリーとは、個々人によってその内容が異なる用語のようだ。

さて、説明文の下にある絵(イラスト)が非常に分かりやすいんだけど、リカバリーにはパーソナルリカバリーと臨床的リカバリーの2種類がある。
私が約25年前にうつ病の治療を受けた頃は、こういった概念はまったく存在せず、まぁ私が診てもらった医師の治療方針なのかもしれないけど、とにかく精神病的症状を完璧に封じ込めることこそが正義で、そのためなら多少の、時には大きな犠牲を支払っても良い、という風潮があった。だから、多剤大量処方は当たり前だったし、抗うつ剤の副作用で、激しい便秘、尿閉、むくみ、眼球上転、呂律が回らない、手が震える等に悩まされて、日常生活に多大な影響を与えていた。それを医師に訴えても、「じゃあ薬止めるの? また鬱の症状が出てもいいの?」と脅迫してくる。
そんな治療に耐えられず、独断で通院を止めてしまった。

ところが、今は主治医にも恵まれているのかもしれないが、こちらが薬を減らしたいと言ったら、よほどのことが無い限り、応じてくれる。太る副作用があれば、どの薬が原因だったか探してくれる。今の主治医の治療でも、結果的に多剤大量処方になってはいるが、私の症状が複雑なことが分かっているから、そこは半分目をつぶっている。妄信はしていないが、少なくとも約25年前の医師よりはマシ、という感じだ。

それで、臨床的リカバリーというのは、これはもう十分医療サイドでやってもらっているんだよね。それは実感する。
問題はパーソナルリカバリーのほうで、これがまったくといって良いほど出来ていない。理想はいっぱいあるけど、何一つ実現できていない。作業所も辞めてしまって、次の所が決まっていないし、支援センターも辞めてしまった。唯一残っているのが絵画教室だけど、これもいつまで続くか分からない。
特に就労に関しては、寛解期に出来ていた「週4日、1日8時間勤務、都内へ通勤片道約1時間半」という条件をクリアできない限り、全然満足できないんだけど、もう確実に無理感が出ている。支援センターの担当職員は「大丈夫だよ! 絶対できるって! 何人も見てきた私が言うんだから間違いないよ!」って力強いことを言ってくれるけど、自分のことは自分が良く分かる。無理。

私にとってのリカバリーとは、こころの元気+で書かれていたような内容はもう卒業していて(そもそも入院していなかったわけだから)、それプラスαとなっていく。対人関係は、個人的には昔からあまり人づきあいが良くないというか、密に連絡を取ったり会ったりしたいタイプじゃないので、別に友達がいようがいまいがどうでもいい。それよりは、読書を楽しめること、体調を気にすることなく美術館等へ出かけられること、テレビドラマを1時間通して集中して見られること等が、私が今抱えている課題だ。
これらは簡単そうに見えるが、今の私にはとても難しい。これらが出来るようになって初めて、私のリカバリーが始まるのではないかと思っている。

こころの元気+ 2019年6月号

先日、コンボから『こころの元気+ 2019年6月号』が届いたので、日々少しずつ読んで、ようやく今日読み終えた。

これどこまで引用していいのかなぁ? 企画名とかだったら大丈夫?
今月の特集は「私のSOSに備える」だったんだけど、自分はSOSを発するのがとても下手なので、これを機会に何か対策というか、やれることを考えたほうが良いのではないかと思った。
支援センターや作業所の担当職員に良く言われるのは、「我慢しすぎ」ということだ。作業所でいじめられたり、嫌がらせに遭っていても、なんか我慢してしまう。なんでだろう?

でも、最近は支援センターや作業所の担当職員に、結構相談している気がする。多分、母親と最低限のことしか話さなくなったからだと思う。
母となんでも話していた頃は、作業所での愚痴や出来事も、なんでも全部ぶちまけていた。だけど、作業所内の人間関係を知らない母にとっては、私が何を言ってるか分からなかっただろう。そして、私は私で「理解してくれない!」と、愚痴を垂れ流しているはずなのに、ストレスを抱え続けていたような気がする。

それが、きちんと適切に、専門知識のある福祉職員に相談することで、こちらのストレスや悩みもある程度整理されてきて、完全解消は難しいにしても、ある程度は解消することができる。
今だったら、新しい作業所(3)へ移籍するかどうか迷っているところだが、相談で出来る最大限の範囲はもうし尽しているので、あとは私が決断するだけだと思う。

また、もっと個人的な精神疾患サイドのSOSを考えると、最近の私は躁鬱の波が強いので、その躁鬱の波をいかに小幅に抑えるか、がポイントになってくると思う。というのも、私の場合、躁鬱が交互に来ないことがあって、軽躁→普通→軽躁→普通→軽鬱→軽躁、みたいな感じになっちゃったりする。本当にいつ何が来るか全然読めないので困る。
ただ言えることは、軽躁を放置しておくと、そのうち必ず鬱がやってきて、動けなくなるよ、ということ。それも、躁が長くて激しいほど、反動なのか鬱も長くて重いものになってしまう。

このあたりは、Twitterの双極クラスタの皆さんも苦心されているようで、教科書通りにコントロールできている人のほうが珍しいのでは?と思ったりもした。まぁホント、一生「付き合っていく病気」だからねぇ。
そんなわけで、最近はもっぱら双極性障害のことについて情報収集したり、交流をもったりすることが多くなっている。

あとは、WRAPってのにちょっと興味があったり。ただ、やたらとカタカナが多くて、ちょっと難しそう……。

こころの元気+ 2019年5月号

先日「こころの元気+ 4月号」のことを書いたんだが、実は5月号も一緒に送られてきたので、その感想でも書いてみる。

この5月号で特に気になったのは、「どうやって友人をつくればいいのか?」というQ&Aコーナーだった。私もそのあたりでかなり悩んでいるからだ。
このコーナーは、1人の回答者が答えるのではなく、複数人の精神病当事者が答えるスタイルになっているので、いろんな視点で問題が見られて、とてもいい。

わりとどの人も言っていたのは、施設(入院中の病棟や、病院のデイケア等も)で知り合った人と連絡先を交換するのは止めたほうがいい、ということだった。交換してしまった人は、だいたい手痛い被害に遭っている。メールが凄く来たりだとか。前にも書いたが、私もそういう被害を被った、という話を、今登録している作業所で聞いたことがあるので、いくら作業所で話している時は温厚で、話が面白い人でも、安易に気を許さないようにはしている。

あとは、趣味のサークルなんかに入ると良い、というのは結構書いてあったな。私も、自宅近くの絵画教室に通うようになって、もう7年が経つ。私の場合、残念なことに絵画教室友達は出来なかったが、病気のことを半分くらい忘れて、何かに没頭できる時間と場所を得られているのは、とても意味がある事だと思った。
それは、作品が1つ出来る毎に自信が付くし、目に見える形で残るから、自分でも上達したことが分かりやすい。満足感が得られる。私の父親くらいの年代だけど、おじいちゃん生徒さんが頑張っている姿を見ると、こちらも刺激を受けるし、先生の指導も上手いから、おだてられていい気分になってどんどんやりたくなる。
もちろん、本当に具合が悪い時は休んでしまうけど、それでも具合が良くなれば「あぁ絵が描きたいなぁ」と思うし、そうしてきた。これは、私が「少しお休みしたい」と言った時に、先生が「ゆっくり休んでね。いつでも待ってるよ」と優しく対応してくれたから、元気になったら復帰しよう、と思えるようになったのだと思う。これが大きなカルチャースクールや教室で、営利目的でやっているような所だと、その時点でもう「来なくていいですよ」と言われかねなかっただろう。

それから、私の場合、大学の同期の存在は、小さくないと思う。私は医療系の大学に在籍していたこともあり、同期・先輩・後輩がほとんど医療職・医療関係職に就いている。だから、私の病気をカミングアウトしても全然驚かないし、そもそも精神疾患で大学中退したことをみんな知っているので、Facebookでカミングアウトしたけど、ほとんどノーリアクションだった。それはそれで悲しいが……。
だから、先日「今度飲み会やるんだけど、体調どう?」と連絡が来た時は、本当に嬉しかった。まぁその日は別の用事で無理そうだったので、泣く泣く断ったが、なんとかそういった飲み会に出かけられるだけの体力をつけたいなぁと思っている次第だ。そうでもないと、いい加減断ってばかりでは、愛想を尽かされてしまうからなぁ。

最後に、”いろんな人の話をよく聞いて相手に興味を持つこと”が大事だと書いている人がいた。これはもう本当にまったくその通り!と思った。
会話はキャッチボールだから、相手も話すけど、自分も話す。往復しないとダメなんだよね。どちらかが一方的に話すというのは、それこそ支援センターの問題職員みたいなもので、聞かされるほうは苦痛でしかない。まぁ聞くだけなのが好きな人もいるらしいけど。また、話すほうも無反応な人相手に話してて楽しいのかな? 私だったら「聞いてる?」とか聞いちゃいそうだけど。
例えば支援センターとかだったら、すでにとある話題で盛り上がってるグループの話を盗み聞き、と言ったら悪いけど、隣のテーブルかなんかで聞いてて、面白そうなキーワードが出てきたら、「え、それ興味ある! 話聞きたい!」とかなんとか言って声をかければ、だいたいみんな親切に教えてくれる。
私は支援センターでそんな感じでやってきたので、支援センターに行きさえすれば話せる知人はそれなりに居る。ただ、連絡先を知らないってだけで……。

こころの元気+ 2019年4月号

先週あたりだったかに申し込んだコンボ(COMHBO)という団体の機関紙?で、「こころの元気+」というのがあるんだけど、それが先日届いた。入金して発送するまで結構かかる、みたいなことがどこかに書いてあった気がするので、全然期待していなかったから、こんなに早く来るとは思わず、ビックリ。
この「こころの元気+」という雑誌は、精神疾患がある人なら結構知っている人も多いと思う。メンタルクリニックの待合室や、支援センター、作業所などにも置いてあるところがあるだろう。

さて、最近色々あって、なかなか腰を据えて読める時間が無かったので、今日じっくり読んでみたのだが、やっぱり面白いねぇ。参考にもなるし。
特に4月号は、特集が「災害に備える」ということで、災害時にどうするか?が書かれていた。

支援センターや作業所に来ている人の多くは、あの東日本大震災の前から施設を利用している人が多く、また施設に居る時に被災した、という人も少なからず居た。だから、私のように自宅で被災した人には分からない情報を色々持っていた。
例えば、バスが動かなくなったので、歩いて最寄り駅まで出たとか。驚く話はそれくらいか。
私が懸念していた「薬が足りなくなった」「薬局に薬が入らなくて、処方されなかった」みたいな話は、不幸中の幸いで、聞いたことが無かった。東日本とは言っても、揺れが大きかっただけで家屋が倒れたりっていうような被害が無かったからかもしれない。

それでも、支援センターの職員なんかは、「予備のために、薬は2~3日分くらいはもらっていたほうがいい」と言う。
これは自分の解釈では、災害時というより、単純に「失くしたときの予備」があるといいな、と思う。手が震えるせいか、薬をシートから出す時に、誤って錠剤を転がしてしまい、机の奥底に行ってしまうことが何度かあったためだ。
その当時は予備など無かったから、机を必死でどかして見つけて飲んだけど、埃まみれになった薬を飲むのは、とても抵抗があった。

あとは、地域で精神障害者として、どう扱ってもらいたいか、って話なんだけど、これは難しいね~。
私は今の家に住んで40年以上経つ。近所の人もほとんど引っ越して行ってないので、子供のころから知ってるおばちゃん、おじちゃんばかりだ。そういう人に、精神病があるって、凄く言いづらい。こういうのは、子供の頃から周囲に知られてしまう、知的障害や身体障害にはあまり無い現象だと思う。
というのも、ここ関東に引っ越してきたばかりの頃は、両親が標準語を話せなくて、関西訛りが酷かったので、母はそれで随分嫌味を言われたらしい。そういう閉鎖的な地域、人々に対して、精神病があるって……やっぱ言えないよ。

『統合失調症のひろば 特集:逃げていい』は買うな

日本評論社の『統合失調症のひろば 特集:逃げていい』を読了した。結論から言う。この本は買うな。あ、タイトルにも書いちゃってるか。こんなこと言いつつ、Amazonリンクは張っておく。

この本というか、このシリーズね。『統合失調症のひろば』自体がもうね、ダメだと思う。完全に統合失調症が食い物にされている。怪しい自立更生団体、宗教、左翼活動家みたいなのが食い込んでる。
今回の『逃げていい』に関しても、そう。長寿院という曹洞宗のお寺の住職が、「統合失調症なんて病気が本当にあるのか?」と言いながら、統合失調症患者を受け入れて、精神修養みたいなことをさせているらしいことが書かれている。精神修養なんかで統合失調症が治るんだったら、世の中の精神科医や製薬メーカーはこんなに苦労しません。それこそノーベル賞取れるわ。
お経を読んだり、滝に打たれたりして、精神修養を積んで治るんだったら、それはもう最初から統合失調症ではなかったんだと思う。

それから、ことぶき共同診療所のスタッフ?が投稿した記事は、統合失調症の患者の話では無く、ホームレス、失業者の話だった。なんでこんなのが掲載されているのか?

また、内科医なのに精神障害者の生活支援活動をしているという、乾達という医師も寄稿しているんだが、いったいどういうつもりなんだろうか? そんなに精神障害者の生活支援をしたいなら、内科医ではなく精神科医の修行をするべきじゃないか? そういうのがね、なんか偽善というか、胡散臭いものを感じるんですよ。精神障害者の生活支援って儲かるのかな? 良い人アピールじゃないのかな? って。
と思って読み進めてみたら、ただの大学時代の学生運動自慢だったw なんじゃこりゃw もうねー凄い老害。お呼びじゃないって感じ。ただの左翼ですよ。っていうか、この本全体が、もう左翼活動家の自慰。一部抜粋しますね。

安倍があれだけ嘘ついてさ、誰が見たって、安倍と菅と麻生が嘘言ってやらせてるっていう事実

……なんで統合失調症の患者に向けた雑誌で、政治談議してるの? 正直、気持ち悪いとすら思った。左翼的政治活動はよそでやれよ。統合失調症患者という社会的弱者にすり寄るなよ。

唯一、参考になりそうだったのが、精神科医・胡桃澤伸の『論考「逃げていい」』だった。これは、本誌の副題にも沿った内容で、精神科医自らが「逃げたい」と思うこともあるのだ、という話が書かれていて、人間誰しも同じなのだな、と思った。そして、精神疾患を専門にする医師ですら逃げ出すことがあるし、それを肯定もしているのだから、精神疾患の患者だって逃げて良いのだ、と思った。

また、もう1つ挙げるなら、ウェブライター・内山健太の『逃げていい』かな。文章量が少ないので、立ち読みできる書店があるなら立ち読みして欲しい。「この世の中の大体の問題は逃げると解決ができます」と書いてある。潔い。
しかし、現実問題、逃げることの出来る問題と、出来ない問題があって、例えば私は父の血を引いた娘である問題からは、逃げようがない。科学的な事実だからだ。行政的には、父の戸籍から「分籍」という手続きをして、籍を抜いているので、親子関係は無いんだけど、例えばそういうことを知らない身内や近所の人なんかには、「erikoちゃんは性格はお父さん似だね」みたいなことを言われると、言った人や父親をぶっ殺したくなるくらい腹が立つ。でも、事実なので何も出来なくて「はぁそうですね」と返すのが関の山なのだ。

『萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母』読了

萩尾望都に興味の無い人にとっては、「なんじゃそりゃ」的な本をようやく読み終えた。初版が2010年なので、8年も前の本になる。

この本は、萩尾作品が好きで、あの世界観が好きで、画風が好きで、とにかく萩尾先生の作品なら何でも読みたい!という人に向けられて作られたのだろう。私は、個人的には好きじゃない萩尾作品もあるので、熱狂的なファンでは無いのだけど、それでも、この本を買って良かったと思う。

萩尾作品には、鬱屈した親子関係が良く出てくるが、うちもそういう家庭だったため、自己投影をしながら読んでいた節がある。
なぜ萩尾先生が、ああいった親子関係をテーマに選ぶことが多いのかな、と思っていたら、ご自身も家庭に問題を抱えた、と言ったら大袈裟かもしれないけど、まぁそういうのを抱えていて、特にお母様と色々あったみたいで、多くは語られていなかったけど、察するものがあるなぁという感じであった。
だから、親子関係に問題を抱えている人は、萩尾作品で鬱憤を晴らすのも手じゃないかな、と思う。特に母子関係については、テレビドラマにもなった『イグアナの娘』が突出している、と言われている。が、私には引っかからなかったんだよなぁ、あれ。なんでだろ?

肝心の中身だが、色んな人が萩尾先生にインタビューしたり、語ったり、という、なんというか内輪受けを狙ったような本です。だから、ファン以外には受けない。値段も結構するので、これだったらまず古本屋で萩尾作品を買って読んで、ファンになれそうかどうか判断してからでも遅くないと思う。
私個人は、高校生の時に同級生から勧められて読んだ『ポーの一族』や『トーマの心臓』でハマりました。ライトな男性同性愛が描かれているので、人は選ぶと思う。ちなみに、同じように勧められて読んだ、竹宮恵子の『風と木の詩』は暴力性が強すぎて、最後まで読めなかった。でも、同性の性的暴行を描いた、萩尾望都の『残酷な神が支配する』は読めた。だから、何が読めて何が読めないかは、実際に読んでみないと分からないんだよなぁ。

Web漫画 たかもりさいこ『統合失調症にかかりました』

今日も面白いWeb漫画を紹介しよう。サイゾーウーマンというニュース系ブログで連載されている、たかもりさいこ『統合失調症にかかりました』という漫画だ。
最初のほうは、サイト1ページに何作か漫画が盛り込まれているので、読むのが大変だけど、漫画だから読みやすい。

このたかもりさんも、結構激しめの症状に悩まされて、よく分からないけど、発症時、結婚されていたのかな? 旦那さんが病院へ行こうと説得してくれて、さくっと治療に繋がったのは本当に良かったと思う。
今、世間でも話題になっているけど、精神的におかしくなった我が子を、精神科に診せなかったり、診せても通院させずに監禁して、虐待している人がいるじゃない。うちはご飯とカネは出してくれるけど、病気に関しては完全無視のネグレクト的な手法で育てられた。だから、発症してすぐに病院へ連れて行ってくれる家族がいるのは、本当にありがたいことなんだと思った。

たかもりさんは、病気の症状で髪の毛を抜いていたけど、私も30歳くらいで再発した時、髪を自分で抜きまくっていた。左の額の上あたりを、ワシッと掴んではブチッと抜く感じで、気が付いたら丸くハゲていた。場所が場所だけに隠すこともできず、その頃にはもう、被害妄想とかが出始めていたので、すごくつらかった思いがある。
たかもりさんは、今はどうなのかな? まだ症状が出ているのだろうか? すごく気になる。漫画も楽しみだ。