バリバラ『幻覚さんに恋をして』

5/9放送のバリバラ『幻覚さんに恋をして』を録画していたので見た。精神障害や統合失調症を扱うのは結構久しぶりな気がする。

登場されたのは、イケメン悪魔?の幻覚がある統合失調症の女性で、面白いケースだな、と思った。
私もそうだけど、幻覚って基本、気持ち悪かったり怖かったりするもんなんだよね。私の場合だと、キモい虫のことが多い。幻聴だと、死ねとか人間のクズとか。罵倒されることが多い。
だから、イケメンと恋愛って時点で、「そんな美味しい幻覚なら、私も見たい」と思ってしまった。

しかも、登場された森のくまさんは、絵がめちゃくちゃ上手い。悪魔の絵なんだけど、今時のシュッとしたイケメン。ていうか、単に私の好みだっていうだけなんだけどw あんな感じなら、付き合ってもいいかなーと思うわ。

で、後半はなんとまた「べてる」へ森のくまさんがお邪魔する、という企画。べてるかー……。
バリバラで見ていた限りべてるは、結構症状の重い人が多い印象なんだよね。妄想がかなり取れてない人が多い気がする。だから、森のくまさんみたいにあんな若いうちから、べてるのような施設というか組織に馴染ませるのは、どうかと思う。
森のくまさんくらいの幻覚なら、べてる以外の地元の施設でも、「彼氏はいます」で通じそうだし、べてるは最終手段にするべきじゃないかなーと思った。

バリバラ「バラフェス~ばらばらな音楽の祭典~」(前編)

3/3に放送されたバリバラ「バラフェス~ばらばらな音楽の祭典~」(前編)を見た。障害者が歌や楽器演奏などの音楽をやる、という企画だ。正直言って、あまり期待しないで見たのだが。
「達磨」という吃音のラップ少年のラップで、不覚にも号泣してしまった。歌詞は今となってはほとんど覚えていないが、障害を隠したり、恥ずかしいことだと思ったりしている今の自分に突き付けられているようで、涙が溢れて止まらなかった。

私の具体的な病名は、大学時代の同期くらいしか知らない。ただ「精神疾患を持っている」というレベルなら、絵画教室の先生や、弟、義妹も知っているけど、やはり病名を明かすことに対しては、物凄く難しいと思っている。偏見が怖い。
吃音は少し話しただけですぐにバレてしまう障害だ。黙っていればほとんどバレない精神障害とは、色々違うこともあるだろう。でも、学校ではイジメやからかいの対象になりやすい障害だろうことは、容易に想像がつく。
そんななかで、あの歌詞を書いたのかな、とか思うと、こうしてブログの記事を書いている最中にも、涙が込み上げてくる。

バリバラ「バリバラSHOW百科」(後編)

バリバラ「バリバラSHOW百科」(後編)を見た。前編も見たんだけど、特にブログに書くようなことは無いかなーと思ったので、書かなかった。
後編は、1つだけ気になった相談コーナーがあった。精神障害者が障害者雇用されたんだけど、簡単な仕事、健常者より少ない仕事しか任せてもらえない、というもの。

そもそもまず、このバリバラSHOW百科というのがよく分からない人のために書いておくと、NHKで『バラエティー生活笑百科』という番組がある。この番組は、相談者が漫才をしながら法的な相談して、「補償してもらえる」or「補償してもらえない」みたいな法的な回答をする人がいて、ゲストが「どちらの回答が正しいと思いますか?」みたいな答えをして、じゃあ正解は?って弁護士が答える番組だ。バリバラSHOW百科はそのパロディだと思ってもらえたら良いと思う。

それで冒頭に戻るけど、この問題は、SNSなどでも本当によく聞く問題なので、「精神障害者あるある」なんだな、と思った。
仕事が終わった頃など、「今日も仕事が無く、1日暇だった。苦痛」みたいなことを呟く人が結構いる。A型作業所へ行っている人の話を聞いたこともあるけど、「簡単な誰でも出来る仕事しか無いよ。俺は頭悪いから、それでいいけど」みたいなことを言っている人も居た。
仕事の量を少なくする、というのも、障害者差別なのだと初めて知った。私は、障害者枠で働いたことが無いので、ちょっとそこらへんのことが分からない。

障害者といっても千差万別で、私がSNSでフォローしている人の中には、大学院の博士課程を出ているような、超優秀な人もいる。こんな優秀な人に単純作業をやらせたりするのは、本当にもったいないと思う。
まぁ同じく博士課程を出ている人は、多分障害者枠雇用で単純作業をさせられるのが嫌だったのだろう。自分で起業していたけどね。でも、そこまでできる精神障害者は、なかなかいないと思う……。

ブログ村でも、英語を頑張ったり、ExcelやWordの資格を取ったり、あるいはもっと別の資格を取ったりしている精神障害者がたくさんいるけど、きっとそういう資格は考慮してもらえないんだろうなぁと思うと、悲しくなる。せっかく頑張って資格を取っても、精神障害があるというだけで、過剰な配慮をされ、「どうせ出来ないだろう」と思われて、仕事を任せてもらえなくなるのは、本当に虚しい。

バリバラ「玉木幸則”平成”を語る(後編)2009-2018」

玉木さんや、障害者権利条約なんかで、「障害のある人も好きな所に住める」と言ってるらしいんだけど、それはちょっと賛同できないかな。
健常者ですら、「給料が安くて家賃の安い所にしか住めない」とか、色々事情を抱えて、本当に住みたい所を諦めている人は沢山いるだろう。ましてや、支援の必要な障害者(特に、身体障害者)は、ヘルパーの手を借りないと生きていけないのだったら、ヘルパーが確保できない地域には住めないと思ってもらわないと、僻地や危険な地域に住みたい、ヘルパーはここに引っ越して来い、なんて、ちょっと図々しいのでは?と思ってしまう。

「他人の迷惑にならないように生きなさい」という親の言いつけが出ていたが、これは個人的には、古い考えだと思っていて、ヘルパーを使うことを「迷惑」と親の世代は考えているのだろう。
でも、「障害者が持っている、行使して当たり前の権利」か?と聞かれたら、それも違うと思っていて、私も以前、外出するのにヘルパーを付けてもらえないか、支援センターに問い合わせたことがあったけど、「精神障害者に対して、そういう目的で働きたいと言うヘルパーさんが確保できないので、サービスを提供できない」と言われたことがあった。これって、今思えば精神障害者に対する差別だとも思うんだけど、まぁ現実問題として、ヘルパーが確保できなければ、支援も受けられないのだ。
その点、身体障害者は恵まれていると思うけど、それでも、自分で勝手に辺鄙な所に住んで、「ヘルパー来いや!」っていうのは、やっぱり違うんじゃないかなと思う。

相模原障害者施設殺傷事件の話が出て、玉木さんが「自分が同じ立場になったらどうする?」と言っていたけど、私は、今現在も精神障害者や知的・身体障害者は社会のお荷物であり、存在そのものが迷惑だから、死んでも殺されても構わない、と考えている。なんだったら、安楽死制度を作って、自ら死を選びたい。
そんなだから、玉木さんの問いかけには「同じ立場の私でも、障害者は抹殺するべきだと思います」って言う。
だって、そうでしょう! 働いて、幾ばくかでも社会貢献が出来ている障害者ならともかく、私みたいに作業所での遊びを仕事と勘違いして働いてるつもりになっていた大バカ者が、生きてる価値なんか無いよね? 私が生きているだけで、この世の酸素が失われ、糞尿を始末するために貴重な水が使われ、貴重な食料が消費され、なによりも大切な国や年金機構のお金が無くなっていく。
障害者や不健康な人間を抹殺すれば、国の社会保障費の問題なんか1発で解決するし、年金問題も解決する。だから、国は安楽死施設を作るべきなんだよ。

出生前診断についても、玉木さんは反対派だろうなと思っていたら、案の定で、なんだかなぁと思った。世の中の圧倒的大多数の人は、賛成派なんだよ、検査をすることに対して。いくら普段、「障害者は差別しない」って公言しているような人でも、我が子が障害を持っている可能性が少しでもあると分かったら、中絶するよ。
それは、単純に目に見える身体障害だけではなくて、いわゆる難病と言われるような疾病も入っていると思う。そういう障害児を育てていくのに、いったいいくらかかると言うのか。経済的な面で「障害児を育てられない」と判断する家庭も多いだろう。

バリバラ「玉木幸則”平成”を語る(前編)1989-2008」

玉木さんは活舌が悪くて(これも障害のせいだから、言っても仕方が無いんだけど)、耳が悪い私はあまり好きじゃないんだけど、なんとなくこの回を見てしまった。そして、見て良かったと思った。

番組終盤で出てきた「自分らしい生き方が出来ているかどうか?」という課題。私がずっとモヤモヤしていたのは、これだったんだ、と思った。そう、私はメンクリに通うようになって、障害者認定されて以来、自分らしい生き方が出来ていないと感じていたんだ。だから、薬を勝手に減らしてみたり、作業所に通うのを嫌がってみたり、していたのでは無いかな?
要は、自分の精神障害を未だに受け入れられていない、ということなんだけど。

陰性症状が炸裂して、引きこもるようになるまで、色んな職場で働いてきた。正規雇用は1か所だけで、他は非正規雇用だったけど、その当時は自分はうつ病経験者(回復済み)と思っていたから、あまり無理して再発するのが怖くて、非正規雇用のままで良いと思っていた。
働きながらその稼ぎを学費に回して、自腹で通信制の大学にも通い、無事卒業することが出来た。サークルにも入って、関西の美術展巡りオフ会に参戦したり、関東の美術展オフ会にも積極的に参加していた。都内や県内での飲み会にも良く出かけた。自由になるお金は少なかったけど、本当に充実した日々を送っていた。
それが、一転して空虚な日々を送る羽目になった。毎日毎日、PCゲームをするだけ。誰とも話さない。話したくもない。風呂にも入らないし、食事もほとんど摂らない。そんな生活を6年以上送った。

そして、ひょんなことから今のメンクリへ通うようになった。私はすぐに、かつてのような生活が取り戻せるんだと思っていた。しかし、7年通っても若い頃のような生活には戻らなかった。それどころか、不自由な生活を強いられることになった。
薬の飲み合わせのせいで、グレープフルーツが食べられなくなった。7年間、一度も食べていない。ジュースにも入っているかもしれないので、ジュースを買う時は必ず成分表を確認する癖が付いた。ハッキリ言って、グレープフルーツを食べたい。私は、柑橘類が好きなんだよ。みかんじゃダメなんだよ。こういった不自由がある。
他にも、飲み屋でお酒が飲みたい。新宿のバーとかに行きたい。地元にあるジャズバーとかにも行きたい。でも、抗精神病薬を飲んでいるから、怖くてあまり量が飲めない。今は自宅で缶チューハイ1本、焼酎だったら200mLくらいしか飲まないけど、それじゃ全然足りないわけ。もう少し酔ってヘラヘラしたい。でも、抗精神病薬が効き過ぎた時に怖いから、自粛してしまう。そういう不自由がある。
体力も無くなったから、都内に出かけることも殆ど不可能になった。美術館にも行けないし、大学の同期との飲み会も参加できない。

そして、仕事。作業所ですら、週1日数時間しか働けないのに、私がかつてやっていたような仕事が出来るわけが無いのだ。
私がかつてやっていた仕事とは、ある程度の頭脳労働で、自分が憧れていた職務内容で、その仕事をしている時はいつも、とても満足していた。非正規だけど誇りを持っていた。
そんな私が、作業所で知的障害者と一緒の仕事をするのか、という思い。傲慢だと思われそうだが、正直な感想だ。

自分らしい生き方って、どうすればいいのかな? 仕事で実現するには、かなり無理があるというのは、もう痛いほど分かっている。それ以外のところで、どうするか? 都内の美術展へ行けたら良いな、というのがまず1つかな。

バリバラ『バリバラ進路相談室』

きよらさんが「もっと勉強をしたい」と言っていたのは、特別支援学校の問題点を浮き彫りにさせているなぁと思った。
詳しいことは知らないが、Wikipediaを見た限りでは、発達障害児をどの区分の特別支援学校で教育するかは、決まっていないようだ。恐らく、知的障害あたりに含まれるんじゃないかと思うんだけど、それだと、きよらさんのような知的障害を伴わない発達障害児は、授業が物足りないだろうな。
授業内容に「作業」というものがあるのも、驚きだった。これは恐らく、中学を卒業してすぐに、障害者雇用で単純作業の仕事が出来るように、ってことなんだろうけど、なんだか障害者を馬鹿にした話だなぁ。中学校って義務教育で、日本社会で暮らすのに知っていて欲しいことを学習する場だと思うんだけど、特別支援学校だとそうではないのか、みたいな。ちょっとカルチャーショックだった。

ゆうこさんの悩みは、これは障害者じゃなくても悩むことなんじゃないかなぁ。自分に適性があるのかどうか?だけではなく、相手のある仕事だから、相手にとって自分はどうなのか、というところまで考える。
例えば、百貨店などの化粧品コーナーで働く美容部員さんが、ものすごくお肌が汚かったらどうだろうか? 誰も買わないよね。っていうかそもそも、そんな人は採用されないよね? 自分がいくら美容に気を遣っていて、化粧品が好きでも、採用するほうの基準っていうものがある。
でも、福祉の現場の職員さんからは、熱烈ラブコールを送られていたので、こういった求人があるのなら、いいんじゃないのかな?と思った。

バリバラ「相次ぐ障害者監禁事件を考える」

今回は、少し前に関西で相次いだ、精神障害者の監禁事件をテーマにした回だった。
番組では、病気で暴れた理由をハッキリ語っている人が何名かいたけど、私の場合、ちょっとよく分からないんだよね。祭りのお囃子みたいな音が聞こえたので、それに合わせて「ちゃかぽこ、ちゃかぽこ」(知っている人もいると思うが、これはかの有名な『ドグラ・マグラ』の一節である)というフレーズを叫んだり、歌ったり。
各部屋のドアに小刀をドンドンドンドンと突き立てて、穴だらけにしたのは、本当に自分でも理由が分からない。なんとなく、弟が憎かったとか、父親が憎かったとか、そういう感情はあったけど。うーん、何かに「させられている」感じはあったかもしれない。

そう思いながら番組を見ていて、ふと髭面の男性が「どうしたらいいか分からないから、なんか助けて欲しい」と語っているのを見て、「あ、これだ」と腑に落ちた。暴れるようになるまでの間、多分数年かな、親には何度も言葉で説明した。つらい、しんどい、朝起きれない、夜眠れない、大学に行くのが苦痛だ、私が開けられないようにドアを押さえている巨人がいる等々。そのすべてを、「そんなバカなこと言ってないで早く学校へ行け」「それは怠けだ、怠けるな、サボるな、甘えるな」と言われ、受け入れてもらえなかった。そしたらさ。そりゃもう残された手段は、実力行使しか無いよね?

番組でも言われていたが、そのことで我が家が社会から孤立していた面は、かなりあると思う。今でこそ、母が家族会へ行くようになったけど、そうなるまでには、私が支援センターへ通うようになって5年の歳月が必要だった。その前の、何年も引きこもっていた時期は、会話もしない状態が続いていたから、親が私を病院へ連れて行こうとすることなど難しかっただろうし、そもそも親もそのつもりが無かったようだった。
親は新興宗教をやっているんだが、恐らくそこでは、私のことを相談していると思う。でも、そこの「相談」というのは、普通の人が考える相談ではなく、「霊能者」による「霊視」によって神のお告げをもらうことなので、私の親もかなりキチガイじみていると言えよう。多分、そんなところで相談しても、何の解決にもならないと思う。

大阪大学準教授の方が、監禁や拘束をしてしまった家族は、まともな精神状態で判断していない、みたいな話をしたのが、かなり印象的だった。私が大暴れしていた時、父親も売り言葉に買い言葉なのか、暴言を吐いていたし、折れるんじゃないかというくらい強く腕や脚を捕まれたりした。
私は、皮膚に接触されるとそこから考えが読み取られる、という幻覚?が子供の頃からあるので、その腕や脚を掴まれた時は本当に不愉快というか恐怖で、泣き出したことがある。すると父親は「泣いて済むと思うなよ!」とまた大声で怒鳴る、みたいな負のループが続く。そういう生活が半年以上続いたと思う。

精神疾患、特に統合失調症や双極性障害は、病識が無いのが特徴だから、準教授の方も言っていたが、家族が「もう耐えられない」と思っても、患者を病院へ連れて行くことがもう難しくて、家の中で面倒を看るしかない、という状況に追い込まれてしまう、というのは、本当に容易に想像できる。うちもそうだったから。以前母が「erikoが引きこもっている時や大学生で暴れている時、結構限界だった」とこぼしたことがある。
このあたりの話になったとき、玉木さんが「監禁は犯罪」と言った話をしたんだけど、それに対して準教授が反論してて、玉木さんは「家族も被害者で~」って言い訳していたけど、ちょっとこれは玉木さんも勉強不足なように感じた。

後半、寝屋川の精神科クリニックで、医療スタッフが精神疾患患者の家を訪問するシステムが紹介されていて、これは良いなぁと思った。っていうか、なんで今まで無かったの?という感じ。
内科の往診なんかは、昔は結構気軽にやってくれたように思う。祖母が同居していた頃、かかりつけの内科に何度か往診を頼んだことがある。なのに、精神科となると何故か訪問してくれない。とにかく患者を連れてこい、と言われるだけ。
恐らく、多くの精神科医が、精神科の往診の必要性を認めていると思う。ただ、割に合わないからやらないだけだろう。このクリニック、赤字じゃないのだろうか? スタッフを大量に抱えているようだけど。他人事ながら心配してしまう。

バリバラ 『2人の怒れる男』

録画していたEテレの番組バリバラ『2人の怒れる男』を見た。
タイトルを見ただけでは、どんな番組なのか分からなかったが、要は怒りのコントロールがどうのこうのという内容だった。私は嫌なことがあると、瞬間的にその場で怒るよりも、その場では我慢してしまい、怒りを内にどんどん溜めこんでしまって、どうにもならなくなって爆発させる、というパターンが多い反面、軽躁状態だと、些細な事でもかなり容易に怒ってしまうので、何か参考になるかなぁと思いながら見ていた。

番組に出てきた男の子の言動を見ていて、「あれ? 発達障害の子なのかな?」と思ったらビンゴで、自分の気持ちが上手く相手に伝えられない様子だった。
それを見て、なんか私の子供時代を見ているようで、やっぱり私も発達障害じゃないのかと思ってしまった。でもなぁ、主治医はハッキリ「違います」と言い切っていたし。5年くらいの診察歴だけで分かるもんかね? なんか発達障害の診断を出すのって、テストがあるらしいけど。
私の場合は素行がもっと粗暴で、殴る蹴るは当たり前、噛みついたり引っ掻いたりしていて、他学年の女の先生に、家庭で親に虐待されているんじゃないかと疑われていた。まぁそれも事実なんだけどね。
私の素行が落ち着いたのは、本、それも小説を大量に読むようになって、語彙力が増え、自分の気持ちを適切に相手に伝えることが出来るようになってからだったと思う。

番組では、NON STYLEの井上が、ものごとをポジティブに考える方法を教えていて、これは凄いなぁと思った。
まぁ前々から、この人のポジティブさは見習うべきところが沢山あるとは思っていたので、改めて実感した。井上って不細工不細工言われるけど、全然めげないし、なんか交通事故か何かやらかしたと思うけど、それでも全然へこたれてないし、凄いわ。メンタル強すぎ。

もう1人のラップのお兄ちゃんも、歌詞を書いて怒りを表現しようってのが良いなぁと思った。ここで上述の語彙力が問題になってくるんですよ。私個人、ラップはあまり好きじゃないんだけど、負のエネルギー、感情を、適切に言葉で表現して、相手に理解してもらおう、という姿勢は、大事だと思う。

バリバラ「最北端の作業所」

今回のバリバラは、作業所がテーマということで、つい先日、作業所絡みで一悶着あった私としては、見ないとダメだろうと思って見た。
北海道の最北端の作業所ということで、本州在住なら滅多に見ない、ホタテの殻を使った仕事をされていて、地域によっていろいろな仕事があるもんだなぁと感心した。しかし、工賃はうちより安い160円で、なかなか難しいな、とも思った。
そこの作業所では、以前にも工賃UPのため色々試行錯誤をしたようだったが、上手くいかなくて今に至るようだった。うちの作業所も色々あって、実は4月から喫茶店でランチを提供するのを止める、と決まったらしい。つまり、飲み物しか提供しない、ということだ。ただでさえ客が少ない、というか、2階の支援センター利用者か、作業所の利用者くらいしか客が来ないのに、ランチまで止めたら、工賃がだだ下がりじゃないか?と思うんだけど。本当にどうなっているのだろう? 先行きが不安だよ。

まぁそれで、スタジオに戻って、作業所は一時期は工賃UPするために躍起になっていたところもあるが、今はそういうことよりも、利用者の居場所づくりだったり、相談場所の提供だったり、仲間作りだったりすることが大事なのではないか、という話だった。私は、個人的には「それはどうなのかな?」と思う。
障害に関する相談や仲間作りは、地域活動支援センターでやるべきじゃないのかな? スタジオの玉木さんは、支援センターの存在を知らないのだろうか? そんなことは無いと思うんだが。私はやはり作業所は労働の場であって、仲良しごっこをする場ではない、と思う。勿論、わざわざ喧嘩をするつもりは無いし、職場の雰囲気を壊してまで個人主義を貫きたいとも思わないけど、先日の妬んでくる先輩じゃないけど、他人との距離感が全然掴めない人がいたり、子供じみたイジメをする人がいたりすると、あまり自分のことをペラペラしゃべる気にはなれないね。作業所では「そんなことまで喋っちゃうの?」という人が多いからさ。例えば、婦人科の検査でどういうことをされたとか。普通、男性がいる場では話さないよ。恥ずかしくて話せない。でも、長年一般社会から隔絶されていると、常識のタガが外れちゃってるんだろうね。話すんだよなぁ……。

閑話休題。かといって、カネカネと金儲けに躍起になっている作業所も、ちょっと怖いよね。特にB型は、あくまでも「福祉サービス」の利用というかたちになっているから、先日見学に行った作業所みたいに、連帯責任で利用者を脅したりするのは、ちょっと違うと思う。
まぁホント、作業所は難しいよ。

バリバラ「アナタならどうする?~障害者と一緒に働く上での悩み~」

知的障害の人が「食堂の仕事に変わりたいと求められたら?」という課題に、「3.訓練を試みる」という選択肢があって、かなり驚いた。私が考えたのは、清掃業務を続けさせるか、希望を受け入れるか、の2択だった。勤務時間外に訓練させて、適性を見極める、というのは、企業側にも労働者側にも余裕が無いと出来ない事だなぁと思った。でも、やってもらえるなら、やってもらいたいな、とも思った。
ただ、今私が通っている作業所は、一応「体験利用」ということで、普通1か月、私の場合は2か月無給でやったんだけど、それだけでは仕事の適正があるかどうか分からなかった。結果的に、ホール係は適性が無くて仕事がつらくて仕方なく、内職係に異動を願い出たわけなんだが、こういうこともある、と思う。
会場の回答を見ると、「訓練を試みる」が最も多く、福祉に関心のある企業や人だからこそ、やはり障害者に理解があるのかなぁと思った。障害者の労働組合の人は、他の人と一風変わった意見で、障害者相手でも、健常者と同じ対応をすべきだ、とのことだった。教育の機会など同等に与えるべきだと。それも納得できるかなーと思った。

次の身体障害の人が、営業職をやるのに介助者がいないと仕事ができないって、それはちょっと会社や社会に甘えすぎじゃないかと思った。それがまかり通るなら、知的障害の人が知的な労働が出来ないので、知能の高い人を介助人として探してください、って言ってるようなものじゃん。精神障害の人だったら、うつで動けない、出社できない、というのを担いで会社まで運んでくれる人を探してください、って言ってるのと同じだよね? だから身体障害者はあつかましいんだよ、とか言われるんじゃないかな、と思った。
障害者の労働組合の人は、ここでも頓珍漢なこと言ってて、「営業は業務命令」って言うんだよね。違うじゃん。本人が希望して入ったんじゃん。それこそ会社は営利を目的とするところなのだから、嫌なら辞めてもらっていいんですよ?

発達障害の人に対しては、曖昧な表現が理解できない、という特性を恐らく雇用側・上司も分かっていると思うので、そこは理解が欲しいところだなぁと思った。というわけで、私は「2.電車で来てください」と言うね。会場の結果も、2番が圧倒的に多かったので、多数派の意見に入れてホッとした。

次に、統合失調症の人が就職するときの模擬面接を実演していたけど、これはなかなか面白かった。私もいくつか仕事をしたことがあるので、その時々に面接を受けたけど、まず聞かれるのは「何故大学を中退されたんですか?」ということだから、その点についての回答は必ず用意していた。「うつ病で、家から出られなくなり、大学に物理的に通えなくなったため、やむなく中退しました」等と答えていた。もちろん相手は「え、通えないなら、通勤できませんよね?」みたいな話になる。そこで「今は回復して、こうして面接へ来ることができます」と答える。だいたいこれで問題無かった。
だから、ポイントになっている「体調を崩す時の状況・原因を聞く」というのは、精神障害があるなら、どこでもあるんだろうな、と思う。就職を考えている人も、そこらへんは障害者のほうも、相手が納得する答えを用意しておいたほうがいいだろう。
また障害者の労働組合の人を引き合いに出すが、この人が言う「お互いのネガティブな情報を伝える」って、障害者雇用に限らず、一般の健常の就職面接でも難しいアクションだと思う。だいたい、会社はネガティブな情報は隠すよ。当たり前じゃん。勿論、労働者側も隠すしね。そこは無理だろうな、と思った。
でも、精神障害の面接で「自殺願望がありますか?」と聞く、というのは、なかなか面白いな、と思った。そこで「言わなきゃいけませんか?」と答えたら危ない、ってのも、かなり核心を突いていると思う。ちなみに、私は「時々ある」だ。

最後の、精神障害でうつ病の人が題材になっていたけど、これはうつ病じゃないというか、精神障害に対する偏見を助長しかねない設定だなぁと思った。うつ病の人が全員、あんなミスを指摘されたくらいで逆切れして「辞めます」なんて言って帰っちゃうと思われたら、本当に迷惑だ。悪いが、こういう人は退職してもらいたい。
ここでまた障害者の労働組合の人の意見だが、今回は珍しく意見が一致して、きちんとした手続きを踏んで退職するのが、私も良いと思う。しかも、この人の中身がまた良くて、退職理由を書いてもらうとか、あぁなるほどな、と思う点があった。確かに、長時間労働でうつの再発が起きている可能性もあるのだから、そういう話し合いの機会を持つのは大事だろう。